(ZOOM)異業種交流委員会主催のイサオ・ミゾグチ氏講演会開催 2021年10月1日

    異業種交流委員会主催のオンラインセミナーは、講演者にイサオ・ミゾグチ氏を迎えて2021年10月1日午前10時から11時まで100人が参加して開催、司会は環境委員会の市川鉄彦副委員長が務めた。

    開催挨拶では、異業種交流委員会の吉田伸弘委員長は、異業種交流委員会では本年度のテーマを「ブラジル日系人社会をより深く知り、理解する」ことに定めて活動してきていると説明。市川副委員長は、本日は本田技研工業本社の執行役員 兼 南米本部長を7年間にわたって務め、現在は、ホンダ・ブラジルの顧問として活躍されているイサオ・ミゾグチ様に講演を依頼、快く引き受けていただいたと紹介した。

     ミゾグチ氏はテーマ「アマゾン経済発展&環境保全両立への日系企業の貢献 -アマゾンの意外な秘話-」について、機械工学エンジニアのミゾグチ氏は、商品開発部門立上のために大都会のサンパウロ市からアマゾンに転勤。アマゾン地域の森林破壊について、地球の肺と呼ばれる法定アマゾン地域の面積は550万平方キロメートル、60%はブラジル領内にあるが、既に約20%が伐採され、その60%は放牧用に伐採されている。また金採掘による水銀被害も発生。アマゾンはスペイン人の探検隊がペルー領からアンデス山脈超えてソリモンエス河を下って発見された。アマゾナス州は1880年代から1915年頃まで天然ゴム採取でブラジル経済を支えていた。

    マナウス市はアマゾナス州のゴム採集の集積地として発展。1912年頃までブラジルのGDPの45%を占めていた。しかしアマゾナス州での天然ゴムは生産性が悪いために、単一大型栽培ができなかった。ヘンリーフォード氏は、自社用のタイヤ生産のためにパラー州フォードランジアで、ゴムの苗木160万本のプランテーションを試みたが、1946年に失敗して撤退した一方で、マレーシアなどでゴムのプランテーション栽培が成功している。

    日本人はアマゾン地域で麻袋用のジュート栽培に成功。日本政府は1930年にパリンチンス市にアマゾニア産業研究所を設立、またアマゾン開拓者の指導者育成のために1931年に日本高等拓殖校を設立した。日本とブラジルの共同プロジェクトとして、アルブラス及びアルノルテ社によるアルミ事業、ヴァーレ社とのカラジャス鉱山開発関連事業、今でも発想の転換として奇特なJari Celuloseプロジェクトは、日本から船上パルプ工場の輸送及び設置について説明した。

    マナウスフリーゾーンの設立では、南米諸国のテロリストのアマゾン北部地域の侵入を防ぐ意味で、マナウスフリーゾーン建設して、人口増加を図った経緯を説明。アマゾナス州の面積は156万平方キロメートル、日系人は6000人、マナウス市の人口は220万人の大都会に発展している。マナウスフリーゾーンの進出企業は600社、直接雇用は10万人、間接雇用を含めると50万人を雇用、連邦税を中心とした優遇税制、業種別日系企業の進出状況及び重要な存在性、多岐に亘る日系社会について紹介した。質疑応答ではフリーゾーンの発展は軍事目的であったが、現在の状況。日系ブラジル人としての日本企業内での立ち位置。二酸化炭素削減に対する二輪車の将来。自由貿易協定推進におけるマナウスフリーゾーンの存在価値及び税制恩典の行方が挙げられた。