土曜日, 1月 22, 2022

『アルデイア・ダ・セーラ住宅地、アルファビレ見学会』

建設不動産部会主催、相互啓発委員会共催で『アルデイア・ダ・セーラ住宅地、アルファビレ見学会』に30人が参加、7月30日午前9時30分にサンパウロを出発、午後3時30分に帰聖した目的はサンパウロ近郊に所在し通勤圏内で、自然に囲まれた1戸建て、高級別荘風住宅、治安の良い都市環境の開発の現状を見学することでした。とくにアルデ イアセー ラ住宅地は海抜1000mの高地で小さな湖や森林に囲まれた所で、サンパウロから40分程度の近距離とは思えない別天地です。またアルファビレは職住と工業が一体となった優れた都市計画です。その奥地の開発中のジェニシス住宅地は、他の住宅計画例にはない自然との共有が実現して います。環境保全を行い、検証も確実に行いブラジルのなかでは特異な計画で多くの研究期間が視察にきた実績があります。この見学の説明、資料配布には現地 の高岡開発社が全 面的に協力して頂きました。当日は、この冬一番の寒さで徒歩での見学が無 理な冷たさでしたが、高級住宅の建設現場が近くに見られ、また購入価格を調べるなど熱心な見学会となりました。裏話しとしては、10年前は分譲地が売れな いこともあって叩き売りでしたが現在は 大きく値上がり庶民は手がでないようですが、いまだに開発、分譲が進んでいることは、治安の良さと環境を買う金持ちが多く存在することを帰途しみじみ感じ た見学会でした。ホス建設 大滝守建設不動産副部会長

リンス天然温泉視察旅行(相互啓発委員会主催)

5月21日及び22日に相互啓発委員会(寺本久男委員長)主催の一泊二日のリンス温泉旅行に32人が家族連れで参加、ブルーツリー・リゾートリンスホテル内の温泉でのんびりと大都会の喧騒を忘れて、ブラジルの温泉を楽しんだ。またホテル内でのバイキング形式の夕食、朝食やビンゴゲームなどを楽しんで、普段のストレスを発散、全員無事に帰路についた。 

花卉栽培見学会(コンサルタント部会主催)

コンサルタント部会(桜井悌司部会長)主催のサンパウロ近郊の花卉栽培農場見学ツアーに43人が参加、午前8時に地下鉄ヴェルゲイロ駅近くのヴェルゲイロ・カルチャーセンターを出発、初めにコチア郡カウカイア・ド・アウトの木村農場で、切花のハウス栽培を見学した。その後、杓田胡蝶ラン園第1農場のラボおよび飼育棟を見学後、杓田胡蝶ラン第2農場で、見事な色とりどりの胡蝶ランに参加者は感嘆の声を上げていた。見学後シュラスカリアでブラジル料理の肉料理を堪能した。最後に訪問したのは松迫農場のハウス水耕栽培場で、こんなにサンパウロ市の近くで、見事なレタス、セロリ、大根、ネギやクレソンが栽培されており、日本移民がブラジル農業に貢献している一端を見学できた。またお土産に沢山の野菜を頂いき、大変有意義で楽しい見学会となった。 フォトギャラリー

花卉栽培見学会感想文(その1)

美しい花と美味しい野菜の栽培-農家の陰の苦労を知るー  商工会議所のコンサルタント部会が主催した<家族一緒に週末を楽しもう>の人気企画に参加した。第一回目からずっと参加しているが、今回のイビウーナ日系農家巡りは、長らくコンサルタント部会の部会長を務めて下さった桜井悌司氏(サンパウロJetro所長)と美代子御夫人とのお別れという余韻やら名残欲しさも手伝って、ひとしお思い出深いものとなった。又、在サンパウロ西林万寿夫日本総領事と御夫人の思いがけない参加もあって、文字通り、お花見学の上に、一段と華を添えて下さった。 見学後の感想をひと口で言えば、日系人の営む特に近郊農業は、日本への出稼ぎが始まった90年初期から急速に下り坂を辿ってきたように伝えられているが、どうしてどうして、やり方によっては、というよりも、必死に工夫に工夫を重ねてきた日系農家に限っては、今でも充分に活気とやる気を保っていて、日々の農作業と生計を立派に立てることが可能であるという事実である。日本移民百周年をもうすぐ目前に控えて、農業を原点として出発しただけに、とても大事な事柄である、と考えた。 営農の工夫とや創意ということの他に、石に、いや、土に噛り付いてでも、生き残りを賭けるんだ、という固い意志も併せて汲み取ることが出来て、大変嬉しく、安心もした。余談みたいになるのを少しご勘弁いただいて、ブラジル国内でも、リオとかサンパウロの大都会などへの出稼ぎに出て行かないで、そのまま、地元の東北伯に踏み止まっている人たちの方が、出稼ぎに出て行く人たちよりも、よりまじめな生き方をしているそうである。昨年の文協の役員選挙で初の女性副会長が誕生したが、その御本人である杓田美代子さんも、立派に胡蝶蘭を手広く経営していて、今回の私たちの見学の対象になり、<むべなるかな>、と思ったものである。ソールナッセンテ社 赤嶺尚由代表

花卉栽培見学会感想文(その2)

充実した1日でした。 「サンパウロ近郊花卉栽培場見学ツアー」と聞き、「ああら、きれいなお花が手に入ったらいいな。新鮮な空気を吸うのもいいし」程度の気持ちで参加させていただきましたが、驚くことばかりでとても楽しめました。セアザの火曜日と金曜日に催される花卉のフェイラに初めて行ったときには驚きました。だってすべての季節のものすごい種類の花が並んでいるのですもの。私にとってのアジサイは初夏ですしひまわりはもちろん夏。菊は秋でポインセチアはクリスマス。それが一同に会していて「いったい今の季節はいつ?」と思ったものでした。で、同時に思ったのは「恵まれた気候と豊穣な大地があり、ブラジル全土は広いから、いつでも収穫できるんだ」ということでした。でも違ったのですね。(もちろん、その条件をフルに活かして経営している農業もあるでしょうが)こんなにもしっかりと長期に計画し、研究を重ね、実行し続けた結果の、あのきちんと揃った美しい花、美味しくて食べやすい野菜がサンパウロにあったのだと感激しました。ご家族揃って打ち込んでいらっしゃる。その成果があそこに立派に根付いているということにも喝采です。このところ日本ではライブドアーのホリエモンの逮捕が話題になっていますが、ちょっと前には彼を代表にヒルズ族というのがもてはやされていました。全員がそうだとはいえないにせよ、彼らの言動にはなんとなく「お金は簡単に儲かればいい」「額に汗して働くやつはばか」みたいな風潮があると思います。マスコミもそれをよしとした。だからいっそう地球の反対側、時差12時間のこの地で、日本人の本来持っているけど、失われつつある特性(正直、勤勉、我慢強い、工夫ができる、そして優秀な頭脳ーだから経営もできる)を活かして成功している方がいらっしゃるということはとてもうれしいことであり、励まされることでした。そういう点でもとても有意義でした。そして、心から歓迎してくださってありがとうございました。お昼ごはんの予定が2時から?とあったので、実はパンと水を持っていっていたのですよ。でもちゃんとおもてなしの用意をしてくださっていて。お野菜などもいだたいて。みんなのうれしそうな顔、ご覧になりましたか?企画してくださった桜井さん、ありがとうございました。浅野

MNプロポリス見学(コンサルタント部会主催)

コンサルタント部会(桜井悌司部会長)は、モジ市のMNプロポリス社(松田典仁社長)及び茶製造工場跡の見学会に60人が参加、松田社長や従業員一同の心のこもった美味しい昼食に楽しい1日を過ごした。11月19日午前9時30分に地下鉄ヴェルゲイロ駅を60人の参加者が2台のバスに分乗して出発、初めに日系唯一で連邦政府の文化財に指定されている修復中のモジ市コクエラ区の茶製造工場跡(カザロン・デ・シャ)を訪問。中谷市文化保存審議会委員が、文化財の歴史、建築様式や特徴などについて説明した。その後、バスはモジ市内のMNプロポリス社に到着、早々松田社長や従業員から歓迎を受け、松田社長から会社の概要、経営哲学、仕事に対する姿勢や人生哲学など参加者に深い感銘を与えた。その後、参加者全員がキャップをかぶり、エアーシャワーを浴びて、初めにメイン事業であり自社所有の養蜂場原塊から抽出するプロポリス製造工場、ブラジルで唯一のキャサバとパラライブーナ山麓の天然水から作られる焼酎製造工場、1300ヘクタールのオーガニック養蜂場で採集される原料からつくる蜂蜜製造工場、厳しい条件下の露地栽培の原料を使用したアガリスク製造工場を見学、最後に隣接するブラジル連邦政府公認の食品分析工場を見学、清潔で清掃の行届いている工場に感嘆の声が上がっていた。昼食は松田社長が用意した巻き寿司、おにぎり、サラダ、おつまみ、シュラスコ、焼酎、ビールやワインなど参加者全員が満腹になるまで堪能、参加者全員にお土産まで配られ、出発前に桜井部会長から松田社長に記念のプレートが送られ、全員で記念撮影をして、モジ市を後にした。フォトギャラリー ...

会議所78年の歴史に新しいページを開く企画、バス3台と自家用車に分乗した家族連れ134人が、天高い東山農場

会議所78年の歴史に新しいページを開く企画、バス3台と自家用車に分乗した家族連れ134人が、天高い東山農場のたわわに実ったコーヒー園やNHK80周年記念ドラマ「ハルとナツ−届かなかった手紙」のロケ地とセット見学など、お父さんもゴルフを忘れて、子供の笑顔に目を細めていたコンサルタント部会(桜井悌司部会長)とブラジルを知る会(清水裕美代表)共催の東山農場見学・シュラスコ大会は、晴天に恵まれた5日午前8時30分丁度に、ブラジルでは考えられないが誰一人として遅刻することもなく、満席のバス3台は、サンパウロ市から120キロのカンピーナス市の東山農場へ向かった。この奇想天外な企画を考案した桜井部会長も驚くほどの参加者が殺到し、134人の参加者で締め切ったが、ウエイティングリストには10名以上の参加希望者がキャンセル待ちをしていた。また参加の中には普段昼食会に参加しない会員や12才以下の子供達44人も参加した。広大な農場内はバスで移動し、収穫期真っ盛りのたわわに実った赤いコーヒー畑、コーヒー園のコロノとして入植した日本人移民も経験した慣れない手作業によるコーヒー豆の選別のデモ、今秋放送予定のNHK80周年記念ドラマ「ハルとナツ−届かなかった手紙」のロケ地とセット見学、図書館や博物館などブラジルの歴史や日本移民の苦労などいろいろ勉強になった。昼食は美味しいシュラスコに東山農産加工の尾崎さんの厚意による酒カイピーニャ試飲会やサンリオの可愛いぬいぐるみの無償提供、雨天の場合を心配して張った大型テントや行き届いた岩崎透社長やスタッフ一同の心温まるご厚意で参加者全員楽しい1日を過ごした。 大成功に終わったこのイベントに対し、多くの参加者から家族連れの企画の要望も上がっていた。尚この農場見学の感想文をホームページに掲載致しますので、会議所の secretaria@camaradojapao.org.br までお送り下さい。

東山農場見学(コンサルタント部会主催)

コンサルタント部会(桜井悌司部会長)とブラジルを知る会(清水裕美代表)共催の東山農場見学・シュラスコ大会は、晴天に恵まれた5日午前8時30分丁度に、ブラジルでは考えられないが誰一人として遅刻することもなく、満席のバス3台は、サンパウロ市から120キロのカンピーナス市の東山農場へ向かった。この奇想天外な企画を考案した桜井部会長も驚くほどの参加者が殺到し、134人の参加者で締め切ったが、ウエイティングリストには10名以上の参加希望者がキャンセル待ちをしていた。また参加の中には普段昼食会に参加しない会員や12才以下の子供達44人も参加した。広大な農場内はバスで移動し、収穫期真っ盛りのたわわに実った赤いコーヒー畑、コーヒー園のコロノとして入植した日本人移民も経験した慣れない手作業によるコーヒー豆の選別のデモ、今秋放送予定のNHK80周年記念ドラマ「ハルとナツ-届かなかった手紙」のロケ地とセット見学、図書館や博物館などブラジルの歴史や日本移民の苦労などいろいろ勉強になった。昼食は美味しいシュラスコに東山農産加工の尾崎さんの厚意による酒カイピーニャ試飲会やサンリオの可愛いぬいぐるみの無償提供、雨天の場合を心配して張った大型テントや行き届いた岩崎透社長やスタッフ一同の心温まるご厚意で参加者全員楽しい1日を過ごした。大成功に終わったこのイベントに対し、多くの参加者から家族連れの企画の要望も上がっていた。尚この農場見学の感想文をホームページに掲載致しますので、会議所のE-mail(secretaria@camaradojapao.org.br)までお送り下さい。 

東山農場見学感想文

紅いコーヒーの実と「ハルとナツ」-秋日和の東山農場を見学して赤嶺 園子<はじめに>  カンピーナス市郊外にある東山農場(有)へのピックニックがブラジル日本商工会議所のコンサルタント部会(桜井悌司部会長)主催で、好天に恵まれた秋日和の 6月5日、3台の大型バスを連ねて行われた。朝の挨拶を気持ち良く交わす嬉々とした顔と顔、第一回目のこの企画には子供たちも含めて総勢139人が参加してとても賑わいました。サンパウロを午前8時半に出発し10時半に目的地に到着、岩崎透社長をはじめ従業員の皆さんの歓迎を受け、コーヒーとお水が振舞われ見学開始となりました。 最初に篩(ふるい)にかけてコーヒー豆を選別する作業のお手本を見せて貰い、続いて今年10月からNHK開局 80周年を記念して放映される「ハルとナツー届かなかった手紙」のロケセットを見学させて貰いました。貧しく苦しかった初期移民の生活の現場を綿密に再現した移民小屋をつぶさに見て、脳裏を過ぎるさまざまな追憶、艱難辛苦を凌駕して築き上げた今日の繁栄、先達の苦悩の跡が偲ばれるひとこまでした。<実りのコーヒー園を見る> 苗床で半年培われた苗木は耕作地に移され、そこで2年半の歳月を費やして実を付けると言います。豊穣を祈る心が通じたのか、黄、赤、青、黒と色とりどりのの小粒な実が鈴生りになっていました。可愛らしい真っ赤な果実を試食してみると、意外にも何と仄かな甘さが快く口一杯に広がり白く軟らかい果肉に包まれた種子が二粒出てきました。 コーヒーの歴史は1400年代、アフリカのエチオピアを嚆矢としています。牧場の羊や山羊がコーヒーの実を食むと元気が出ることに気付いた羊飼いがそれを真似て食べたことに始まります。最初粉末にし、ジャムを作って食していたようです。現在のように、飲料として利用したのはアラビア人だと言われています。コーヒーは東洋から西洋へと航海士らによって運ばれ、世界中に伝播し愛飲されています。 ブラジルにコーヒーの種子が入ったのは、1727年のことで、パラー州ベレンのフランシスコ デ メーロ パリエッタ曹長が仏領ギアナの知事夫人から少量の種のプレゼントを受け、それを撒き付けて育てました。19世紀になっでブラジルが本格的なコーヒーの栽培が手掛けられるようになり、20世紀の前半には、世界の消費市場の70%のシェアーを占めるほどのコーヒー大国となりました。 ブラジルのコーヒーの品種は、アラビア種で、インドやエチオピアはロブスタ種、カネフォラコーヒーだと言われています。コーヒーの輸出積出港として発展し、日本人移民が1908年に最初に上陸した港町サントスの地名は、アルベルト サントス ドゥモントに由来するもので、ブラジルの航空術の先駆者で、コーヒーの栽培王としても有名だった彼を称えるために命名されたと伝えられています。<センザーラ(奴隷小屋)>の憂愁  仕切り板一枚もない長屋に100余の奴隷が収容され、人員を点呼して確認するために、腰を屈めてなければ出入りすることの出来ない戸口、病に冒されても臥床を許されなかった者や妊婦の大腿部で型を取り、作ったという大きさの異なる瓦が昔年を語るにとどめていました。同じ人間として生を受けながら、牛馬の如く酷使され、悲傷に喘ぎ、怨恨を抱き、遺恨を晴らすことなく黄泉へと旅立った奴隷たちの魂魄(こんぱく)は、彷徨することなく、安らかな眠りに就くことが出来たでしょうか。 ブラジルが発見されたのは、1500年です。当時パーウ ブラジル(蘇芳の木)の栽培や農業にインジオを使役していましたが、農業が不得手なために、 1530年、奴隷制度が導入されています。奴隷制度の廃止は、1888年5月13日、レイ アウレア(黄金法)によって実現されました。北米の1865年から23年後ということになります。 昼食後、子供たちと遊ぶ機会を持って、敬語を正確に話していることに感心させられ、羨望のまなざしをを向けながら、一緒に会話を楽しんでいました。「言魂の幸う国」の子供たちが自国の文化を大切にし、綺麗な言葉で社会生活を潤し、人間関係を育んでいる様子を目のあたりにし、それは聞いていて嬉しく、見ていて微笑ましい良い光景でした。<日伯文化の相違点>  日本人は、お客様を歓待する時、挨拶を済ませると、茶菓やコーヒーを出してもてなしますが、ブラジルでのコーヒーは最後、帰宅の際に供します。コーヒーは暗に「お開きです」、「お引き取り下さい」ということなのです。同じように、心のこもったコーヒーでも、最初に出されて戸惑うブラジル人、作り立てを喜ぶ日本人、文化の優劣を云々するつもりは、毛頭ありませんが、習慣の違いを理解しておくのも良いことだと思います。気持ちの良い秋の季節のさわやかな空気を満喫、新鮮な野菜と美味しいキャッサバを沢山賞味させていただいたとても楽しい一日でした。  この素晴らしい企画を実行に移して下さった商工会議所のコンサルタント部の桜井悌司部会長をはじめとする関係者の皆様方に心から「ムイト オブリガード」とお礼を申上げ、次回も楽しみに致しております。

繊維部会のウジミナス社、リオドッセ社研修旅行

4月14日~15日に繊維部会の Omi-Zilo-Lorenzetti S/A の本間、 Kanebo do Brasil S/A の高橋、 Daiwa do Brasil Textil Ltda. の大矢、 Nisshinbo do Brasil Industria Textil Ltda. の今井、 Unitika do...