田中コンサルタント部会長
工業不振だが、危機知らずのアグロビジネス
田 中 前回、すなわち本年初めのこの席で、年初の見通しが明るい年は、終わってみると厳しい年であったことが多く、逆に年初の見通しが暗かった年は、終 わってみると良い年であったことが多いという話を申し上げました。今年も前半を顧みて後半を予測しますと、このジンクスは破られないのではないか、という 気が致します。
ブラジル経済は、昨年9月11日の同時多発テロの影響から予想以上に早く回復し、早くも11月から上昇軌道に乗りました ので、比較的、いま総領事もおっしゃったように、楽観ムードで本年に入りました。 本年上半期の成長率は、前年同期比0.14%増加しましたが、工業はマ イナスで1.78%。サービス業と農牧業はプラスで、サービスが1.55%、農牧業が4.15%のプラスで、工業の落ち込みを主に農牧業がカバーしたとい う形になっております。
なかでもアグロビジネス。 広い意味の農牧、農業機械、食品、化学品、バイオを含めたアグロビジネスは危機知ら ずで、前年同期比8.3%成長して、最近10年間で最良の年となりました。 成長を支えたもう一つは、石油、天然ガスなどの鉱産物で、前年比14.3%の プラスということで、関連する機械設備業界も好調でした。
為替危機からIMF援助取り付けまで
ご承知のように本年10月6日に大統領選挙が行われますが、実質的なキャンペーンはすでに昨年後半から始まっており、有権者の投票意図調査で政府与党候 補のジョゼ・セーラ前保健大臣は低調で、4回目の出馬となる左翼野党PTのルーラ候補が絶えずリードしてきました。 このため海外投資家の懸念が増大し て、ブラジル向け投資を押さえるように顧客に薦める欧米銀行も現れ、4月半ばに、ドルレートはR$2.264と、昨年末の2.314よりも低くかったのが 上昇を始めたわけですが、まだその段階では緩やかな動きに留まっていた。 それからブラジルのカントリーリスクも746まで下がっておりました。
ところが5月末の飛び石連休を利用し、政府は突然、金融投資ファンド組入れの国債の評価方式を変更し、市場は混乱し、ドルレートは上昇テンポを加速しま した。 金融投資ファンドは、企業および個人の簡便有利、最もポピュラーな投資手段でありまして、今年4月末の残高がR$3,597億の投資ファンド残高 に対して、そのうちの75%が国債に投資されておりました。 この結果、8月までにファンドからR$577億が流出して、政府は、組み入れてある中長期の 国債を来年の初めとか、あるいは本年の選挙日前後を期日という風な短期なものに交換せざるを得なかった。 ドルレートは上昇を続け、7月末には R$3.47、ブラジルリスクも2390まで上昇しました。
それではこの混乱収拾のために、政府はどういう施策を取ったかと申します と、まずIMFの援助を取り付けた。 本年末までの契約を来年末まで1年間延長して、新たに300億ドルの融資の合意を得た。 そのうち60億ドル、 20%は本年引き出して、残りの80%の240億ドルは来年引き出すという。 2番目としては、カルドーゾ大統領の呼びかけに応じ、4人の主要大統領候補 者がすべて、IMFとの合意条件の遵守を約束しました。 次は、先ほど申しました投資ファンドの国債会計方式を、わずか70日間で元へ戻した。 次は、外 国銀行への協力要請ということで、マラン大蔵大臣とフラガ中銀総裁がニューヨークで米欧日の16行に輸出金融枠の維持を要請しました。 さらに、いま現在 やってますけれども、BIS(国際決済銀行)とか各国金融当局へ市場沈静化のため、マラン、フラガ、それから局長クラスが手分けして、米、欧、日本の諸国 を訪問して、ブラジルの現状を説明するということをやっております。
以上の措置により市場の混乱、ドルやブラジルリスクの激しい動揺は 押さえられたが、不安定感は依然続いております。 それはなぜかというと、今回の危機は大統領選における野党候補躍進というブラジル側の問題だけではなく て、アルゼンチン危機を含む南米全体の危機、米国を始めとする世界経済の冷却、それから米大企業の粉飾会計から発生する不信感とか、テロ再発懸念、金融シ ステムへの不安など、内外要因がからまるいわゆる複合危機ということで、このようなときには、資金はブラジルのような新興国には流れにくくなり、しかも民 間企業の株式とか社債も敬遠されて、主に先進国の国債に向かって流れる傾向があります。
ルーラ候補当選の可能性強まる
次は大統領選挙の最近の動向。 各候補の全国キャンペーンに加え、ご承知のように8月20日からテレビ・ラジオの無料宣伝も始まり、その効果も現れ始め ております。 ブラジルでは新聞を読まない人口は多いが、テレビはほとんど全国民が観るので、全国同時に放送される宣伝の効果が非常に大きいわけです。 いくつかの世論調査機関が有権者投票意図調査をやっておりますが、傾向は大体似ておりますので、ここではIbopeという調査機関の9月6日から9日の調 査により最近の状況を見ることに致します。
まずルーラは、前回調査(8月31日から9月2日調査)の35%から39%に上昇して、依然 トップを維持しております。それからシ-ロ・ゴメスは、8月前半までは27%まで上昇して1位のルーラを脅かしたけれども下降して、前回は17%でジョ ゼ・セーラと並び、今回はさらに下がって15%で3位になりました。ジョゼ・セーラは、17%から19%に上昇して2位になりました。それからガロチー ニョは4位だけれども、11%から12%に1ポイント上昇した。 まだこれから1ヵ月半ぐらい残っており、確言はできませんが、ルーラと他の3人のうちの 一人が決選投票にいく可能性と、最終的にルーラが選ばれる可能性も強まっております。
次期政権は干渉的、国内産業保護的、成長指向型、民営化に消極的
それでは、野党が政権を取ったらどうなるかですが、対外契約の尊重とか、財政均衡、プライマリー収支黒字目標の達成、輸出振興による対外収支の改善な ど、IMFとの合意条件を守ることは、すでに3人の野党候補も約束しております。 従って、基本路線は同じで、これを大きくはずれたら国の運営がうまく行 かないことになります。 ブラジルの問題点は明らかで、誰がやっても選択の範囲は限られているということが出来るわけです。 しかも国会で憲法に基づいて 運営される限り、PSDB、PFL、PMDBの現カルドーゾ政権を支えている3大政党の確保は不可欠であります。 基本路線はこのように共通でも、運営上 の具体的施策などになりますと、それぞれの特色が出てくるのは避けられませんが、セーラを含めて4人の候補の誰が政権を取っても、現政権よりは干渉的、国 内産業保護、民営化に消極的、より成長指向になることが予想されます。
最後に新大統領の直面する問題は、まず国内問題の一つ、緊縮財政 下での新政権のスタートであります。 IMF合意の条件下で財政秩序を維持しなければならないので、さる8月末、国会に提出された来年度予算は緊縮財政 で、しかも投資予算は本年の半分以下になっており、来年4月の最低給料改定時期が新政権の一つの試金石となると思われます。
2番目は対 外的な問題で、対外的には対米関係、特にFTAA(Alca)の関係であります。 セーラは若干ニュアンスが違うけれども、4人の候補者がメルコス-ル強 化を主張しております。 危機によるメルコス-ルの弱体化と、米国政府の直接的およびIMFなど国際機関を通じた援助による影響力の行使、それから長年か かって米国政府が国会の承認を取り付けようとしていたファーストトラックをやっとこの間取得したので、FTAA交渉推進に反対してきたブラジルの口実がな くなった感じです。米国政府はブラジルに巨額のIMF融資を与えさせ、さらに貿易障壁の緩和とか、貧困対策への協力などの飴を用意しております。 次期政 権は、そういう意味でこの地域統合問題について大きな戦略的な対応を迫られると考えられます。 FTAAの交渉は来年から本格化して、2005年の1月までに決定して、2006年の1月からスタートになりますので、さっそく当面しなければならない問 題であります。 以上で終わらせて頂きます。
コンサルタント部会資料
マクロ経済関係
1.工業生産
・上半期ブラジル全体で前年同期比-0.1%。
・IBGE調査12地域中、前年比増加は4地域(リオ、エスピリト・サント、リオグランデ・ド・スル、南部地域)のみ。
・全体の約50%を占めるサンパウロは-2.8%。 サンパウロ工業で最大のウェイトを占める「機械金属」(金属、機械、輸送資材、電気通信資材)分 野の落ち込み、中でも電気通信資材は-18.1%で「化学」(+ 6.1%)、「食品」(+6.6%)のプラス効果を殺いだ。電気通信への投資減、自動車(「輸送資材」-7.5%)がサンパウロ工業落ち込みの主因。
・前年同期比プラスであった4地域は「鉱業」(石油、天然ガスだけで前年同期比+14.3%)及び「食品」の好調が主因。
・「アグロインダストリー」は上半期8.3%成長したが、10年間で最大であった(昨年は+2.4%)。その原因は①農産物収穫の好調②ドル高による農産物輸出の好調③農産物価格上昇(平均上昇率本年10%、昨年は1%)などである。
・設備、資材購入はドル高のため輸入が押さえられ、国産への需要が増加、農業機械販売は(12ヶ月累計)昨年比23%増加。
米国穀倉地帯旱魃が伝えられるので本年も農業関連業界は好調が予想される。
2.GDP成長率見込み
・政府の本年度経済成長率見込みは、年初段階の+2.5%を第2四半期以降、市場混乱が続いているため、最近+1.5%に修正。昨年の成長率と同水準。
3.対外収支
・貿易収支
1-7月輸出は313億ドル(前年同期比7.7%減少)。輸入275億ドル(18.9%の大幅減)、貿易収支は昨年の36百万ドル黒字に対し、本年は 38億ドルと大きく改善。輸出減少はアルゼンチン向けを除けば-1.6%にとどまる。輸入大幅減はドル高と景気後退による輸入抑制が主因。
1-8月実績は、輸出370億ドル(前年同期比-6.5%)、輸入316億ドル(前年同期比 -18.8%)、貿易収支黒字は昨年の663百万ドルから本 年は54億ドルに拡大。本年は7月まで前年同月比毎月マイナスの輸出が、8月に僅かながら+0.4%のプラスとなった。
政府は本年貿易収支黒字目標を当初の50億ドルから70億ドルに修正したが、12ヶ月累計では、8月ですでに74億ドル。
・経常収支
貿易収支改善、貿易外収支改善で経常収支赤字も昨年7月(12ヶ月累計)の274億ドル(GDP比5.02%)から167億ドル(GDP比3.19%)に減少。
当初、政府は本年の経常収支赤字を205億ドルと見込んだが、これを170億ドルに変更。
・外貨収支
本年の外貨流入予定は当初、直接投資180億ドル、借入230億ドル、証券投資45億ドル計455億ドルが見込み。 7月まで政府は 所要額 463億ドル(経常収支170億ドル、借入返済293億ドル)をこれでカバーできると考えていた。 然し国際金融市場危機の激化 のため、流入額は夫々 165億ドル、200億ドル、15億ドル計380億ドルへと差し引き75億ドル減少見込みとなった。先般、IMFから300億ドルの融資合意が成立。 80%は来年だが、本年引出し可能な20%の60億ドルと、貿易収支20億ドル増加でこれをカバーすることになった。
2003年は所要額434億ドル(経常収支154億ドル、借入返済280億ドル)を直接投資170億ドル及び借入265億ドルの流入で賄う計画となっている。
4.財政
・財政収支
財政プライマリ収支はIMFとの合意の中で最も厳しい条件となっているが、現行契約がスタートした1998年9月以来、GDP比3.5%黒字の目標は常 に達成されて来た。昨年8月の合意により本年末まで延長され、そのさい目標が3.75%に引上げられたが、達成可能の見込みである。更に本年8月の合意に より来年末まで延長されたが、3.75%の目標は据え置かれた。来年は新政権初年度となるが、主要大統領候補は四人とも当選した場合の契約遵守を約束して いる。
・財政債務
FHC政権発足時の1994年末は1,530億レアル(GDP比30.4%)であった財政債務残高は、本年5月末には7,080億レアル(GDP比55.9%)に増加した。
金融危機によるドル・レート上昇は、財政債務の約33%が為替スライドとなっているため、大きな増加要因となる。6月のレアル切り下げ率は 12.79%であったため、6月の債務残高は7,503億レアル(GDP比58.6%)に増加したが、増加額418億レアルのうち413億レアルが為替要 因である。
金利が年初来19%から18%に引下げられたことは債務残高減少要因である。
7月の財政債務残高は8,194億レアル(GDP比61.9%)になったが、前月比増加額691億レアルのうち680億レアルが為替要因である。7月中のドル上昇率は20.54%で、債務の46%がドル・スライドであった。
5.金利
Selic(基礎金利)昨年末19%から、本年に入り2月18.75%、3月18.5%、7月18%と引下げた。ブラジルの実質金利は、7月10.3% で、調査した40ヶ国中最高となっている(Global Invest.調査)。然し8月は「経済の不安定性が増加したため」(中銀ノート)据え置きとされた。然し「最近の事実は、2003年インフレは目標以下 となる見通しを確認」したとして、引下げヴァイアス(次回会議まで中銀総裁に引下げ権を与える)を付けた。
6.インフレ
本年の インフレ率目標はIPCA(政府機関IBGE発表拡大消費者物価指数)3.5%(上下2%ポイント許容)であるが、7月実績は1.19%、年率で 7.51%と、本年目標突破はほぼ確実となった。原因はドル高の影響による食料及び管理価格(公共料金)の上昇である。
2003年について は、当初目標は3.25%であったが、6月変更して4%とし、許容範囲を上下2.5%ポイントに拡大した。インフレ・ターゲティング・システムで、金融政 策がインフレを決めた目標内に収めるため優先され、経済成長や雇用水準のような重要な要因がブラジルでは二次的に考えられてきたとの認識が出て来たものと 理解される。
更に8月末国会に提出される来年度予算案で政府は、インフレ率を6%に設定している。
7.為替
昨年末のドル・レートはR$2.314であったが、本年4月10日にはこれを下回るR$2.264まで低下した。JP Morganのカントリー・リスクも746とボトムに落ちた。
然しその後、国内では大統領選キャンペーンにおける野党候補の躍進や、これに対する政府施策などによる不安定感の増大。海外では米国大企業の相次ぐ粉飾 会計の発覚による市場への信頼感の喪失などにより、新興国向け資金流入が減少したため、ドル 相場は上昇を続け、7月31日にはR$3.470に達し、 カントリー・リスクも7月30日には2,390まで上昇した。
その後IMFとの合意成立による300億ドルの融資決定、4人の主要大統領候補者による国際契約遵守の約束、国際銀行団の協力取り付けなどにより、市場混乱は改善しつつあるものの、未だに根強い不安定感がただよっている。
(2002年9月4日記)