70年前のブラジルはバナナ共和国として世界的に知られていたが、最近、欧米では石油価格の高騰や世界の温暖化現象に対して危機感を煽られており、バイオ燃料技術や世界トップの生産能力を擁して代替燃料生産のリーダーになりうるブラジルに熱い視線を注いでいる。
国際的に注目の的となっているエタノールの2020年の生産は、現在の3倍に相当する1,500億リットルが予想されているが、昨年の米国のエタノール生産は原料が生産補助金付で、生産コストがサトウキビより高いトウモロコシからの生産で182億リットルであったが、今年はブラジル砂糖キビ生産量は高度な栽培技術、肥沃な土地、熱帯気候や豊富な水資源で、米国のエタノール生産を追越すと予想されている。
ブラジル及び米国の両国のエタノール生産は世界の72%を占め、2006年のエタノール輸出ではブラジルが650万ヘクタールの砂糖キビ作付面積と325ヵ所のエタノール工場で、32億リットルを輸出して世界のリーダーとなっており、更に2012年までには総額170億ドルを投資して、更に作付面積を350万ヘクタール増加、エタノール工場を更に76ヵ所増設して、生産量を380億リットルに引き上げるが、一方、米国はアイオワ州を中心として3,170万ヘクタールのトウモロコシ栽培面積と113ヵ所の工場を擁しているが、更に2年以内にエタノール生産量を2倍に引上げる。
ブラジルでエタノール開発が開始されたきっかけは、1975年の第1 次石油危機による石油価格の高騰で、輸入石油に依存していたブラジルは連邦政府の主導のもとで、自動車燃料のガソリンからサトウキビから生産されるエタノール燃料への切替のために、国家アルコール計画(Proalcool)を設立、80年代はエタノール車が幅を利かせていたが、石油価格の安定に伴って、多額の政府補助金を要する同計画は1990年に廃止に追い込まれた。
しかし自動車燃料のガソリンへのエタノールへの混入は継続されていたが、2003年にガソリン及びエタノール燃料の両方が使用可能なフレックス車の登場、またフレックス車に対する工業製品税の減税、生産者には経済支配介入納付金(CIDE 通称-燃料税)の免税でエタノール生産に再度拍車がかかった。
ブラジル国内のフレックス車の割合は僅か3年間で12%まで上昇、新車の84%はフレックス車で益々フレックス車への比率は高まり、今年の社会経済開発銀行(BNDES)はエタノールの研究開発、関連インフラやロジスティックに対して、70億レアルの融資枠を確保しているが、砂糖キビ生産では30年間も労働条件や環境問題など殆ど改善されておらず、解決しなければならない問題も多い。
ブラジルはプロアルコール計画開始から30年間で7億7,800万バレルの石油燃料の代わりにエタノール燃料を使用したために、地球温暖化の二酸化炭素排出量6億4,400万トンが削減できたとペトロブラス石油公社では見積もっている。
米国政府は世界の石油の60%の埋蔵量を擁する中近東、イラクに4年前から軍事介入しており、石油供給では価格の不安定や米国への供給中止なども予測され、またトウモロコシから生産するエタノールでは、ブラジルのエタノールと価格競争に太刀打ちできないために、将来の安定供給のためにもブラジルとのエタノール生産や開発で強力なパートナー関係確立を図っている。
ジョージ・ブッシュ大統領は、今年1月に今後10年間でガソリンの消費10%削減を発表したが、現在のエタノール消費は200億リットル、2017年には消費量が1,325億リットルと急上昇するために、大半は輸入に頼らなければならなくなり、3月にはブラジル、中米やカリブ諸国を訪問、ブラジル企業及び米国企業がこれらの国々でパートナーを組み、米国へのエタノールの安定供給のための生産技術開発等で支援する。
またブラジルにとって中米やカリブでのエタノール生産は、生産技術開発のノウハウや機械・装置の輸出につながり、また米国への輸入免税のこれらの国経由での米国へのブラジル産エタノールの輸出は24%に上り、エルサルバドール及びジャマイカ経由の輸出量は7億7,000万リットル、ブラジルからの輸入関税のかかるエタノール輸入は前年の5倍の16億リットルとなっている。
エタノールをコモデティ商品として取引自由なグローバルマーケット創出には、規制、法整備や外国政府との折衝など難しい問題が山済みしており、米国がブラジル産エタノールに対して1ガロン当たり54セントの輸入関税やヨーロッパ連合国の農業補助金などを撤廃をしない限り、コモデティ商品になるのは難しいとサンパウロ州砂糖キビ加工業者連合(Unica)のリベイロ事務局長は説明した。
リベイロ事務局長は、ブラジルが将来的にエタノール燃料で新しいマーケットを支配できる可能性が充分あるが、まずは国内マーケットが優先されなければならず、一国では世界の需要を賄うことができない現実を再確認する必要があると警告している。
米国では乗用車市場でフレックス車の占める割合は僅かに2.5%であり、エタノール比率が85%のE85をフレックス車の燃料としており、アジアやヨーロッパでも石油関連燃料低減のためにエタノールなどを混入、今年3月には欧州理事会で2020年までに代替燃料使用による20%の二酸化炭素排出削減で1990年と同じレベルまで下げることが決定された。
この決定でヨーロッパの27カ国では自動車への10%のバイオ燃料への混入が義務付けられるために、2020年に年間130億リットルのバイオ燃料の需要が生まれるが、フランスではトウモロコシよりもコスト高の砂糖大根から生産したエタノールをごく僅かガソリンに混入しているに過ぎない。
また日本は需要規模の大きい潜在的マーケットとして位置づけられており、火力発電所向けやガソリンへの混入率3%、最終的には10%まで混入率を上げた場合は、年間60億リットルのエタノール供給が必要となり、今年3月にはエタノール安定供給確保のために三菱商事と国内のエタノール生産では2位のサン・マルチーニョ社との間で、30年間のエタノール供給契約を交わし、三井物産はペトロブラス公社と共同で2011年までに、国際協力銀行(JBIC)から融資される80億ドルを投資して、エタノール生産工場を建設して安定供給確保を図る。
この契約の収穫として年末までに、ペトロブラスは5,000万リットルを日本向けに輸出、またペトロブラスは輸出拡大に向けて、生産及びロジスティク部門に総額16億ドルを投資、総額2億3,200万ドルを投資して、サンパウロ、ミナス、パラナ州及び中西部からサン・セバスチャン港を結ぶアルコールパイプラインの建設並びにチエテ河-パラナ河を結ぶ河川運搬システム建設も含まれる。
アルコールや砂糖の国内生産の 75%を占める南東部及び中西部では、生産工場や土地価格の高騰でエタノールインフレが発生しており、4月にはコザン社、サン・マルチーニョ社並びにサンタ・ルイーザ社がモツカ社を9,910万レアルで買収、その2ヶ月前にはアジアの大手アグロビジネスのノーベル社が7,000万レアルでペトリブ・パウリスタ社を買収、エタノール生産を3,000万リットルに倍増する。
またブラジル人投資家だけではなくてアメリカ人、英国人、デンマーク人や日本人などはエタノールがコモデティ商品化に伴う収益性を見込んで、先を争ってエタノール工場建設のために、栽培用地の確保、環境ライセンスの入手など先行投資を行なっている。
元ペトロブラス総裁の Henri Reichstul 総裁及び国家石油庁(ANP)のDavid Zylbersztajn 総裁が設立した投資ファンドには、アメリカン・オンラインの創設者Steve Case 氏、サン・マイクロシステムのVinod Khosla 氏、元世界銀行の James Wolfenson総裁が投資しており、20億ドルを投資して15ヵ所のエタノール生産工場の建設を予定している。
エタノール工場買収を続けてブラジル最大のエタノール生産会社になったコザン社は、ゴイアス州に3工場建設などに17億ドル、サン・マルチーニョ社もまたゴイアス州に3億4,300万レアルを投資して工場を建設するが、生産工場の価値上昇に伴って栽培用地や借地代も値上がりしてきており、エタノール生産の62%を占めるサンパウロ州では、放牧地や穀物栽培用地が砂糖キビ栽培に転作されてきている。
砂糖キビ栽培のメッカであるリベイロン・プレートでは、2002年のヘクタール当りの農地は9,000レアルであったが、今では2倍以上の2万1,000レアルに高騰、伝統的に牧畜が盛んなプレジデンテ・プルデンテ地方の農地もエタノールブームの影響で、3,000レアルから6,200レアルと大幅な値上がりをしており、マット・グロッソ州、三角ミナス地帯、ゴイアス州でも今後は農地価格上昇が予想されている。
キューバのカストロ議長は 3月29日に共産党機関紙Granmaで、米国とブラジルとのエタノール政策に対して、エネルギー生産のために農地を使用することは将来の世界の飢饉を招くと米国を非難したが、ワシントンポスト紙ではルーラ大統領は将来の食品不足を否定したが、カストロ議長はブッシュ大統領もルーラ大統領も、米国が世界の飢饉を招くほど大量に使用するトウモロコシやその他の穀物の原産地を知らないと非難している。
またカストロ議長に同調するヴェネズエラのチャーベス大統領はブッシュの訪伯前に、石油大国にも関わらず、ヴェネズエラではキューバとブラジルの栽培技術で28万ヘクタールの砂糖キビ作付面積と11ヵ所の生産工場を建設すると辻褄の合わない言動が目立つ。
しかしトウモロコシ生産では世界最大の米国では、生産の55%が食料品や飲料水の添加剤、20%はエタノール生産、残りは飼料用や輸出に回されていたが、エタノール用トウモロコシの生産に傾いてきたために、昨年のトウモロコシ価格は2 倍になってメキシコの主食であるトルティージャ価格にも影響を与えたために、抗議デモにまで発展してその影響は地球規模となっている。
今年の米国のトウモロコシ生産の作付面積は、前年比15.5%増加の3,660万ヘクタールであったが、大豆生産の作付面積は11%減の2,710万ヘクタールに減少して、1996年以来の作付面積縮小をきたしているが、ブラジルは9,000万ヘクタールの転用農地があるので、天然熱帯雨林などは改革する必要がない。
環境保護団体が砂糖キビ栽培はアマゾンやセラード地帯への開発に発展すると非難しているが、砂糖キビ栽培用地として大豆栽培用地や放牧場を年間10%ずつ転用すれば可能であるとストラパッソン農相は強調している。
また連邦政府はブラジル砂糖キビ栽培技術向上プログラム(Planalsucar)に大幅な投資、栽培技術の向上や生産プロセスの改善で生産性向上に大きく寄与、米国でも2012年までに16億ドルを投資するが、ブラジル及び米国では砂糖キビのバガスや利用されていない葉、トウモロコシでは茎や葉など繊維部分の活用の研究開発を急いでおり、ブラジルの場合は生産性が30%から40%または倍増することも可能と見られており、作付面積を拡大する必要がなくなるが、繊維からのエタノール生産コストを大幅に下げる必要があるが、採算性に合うかどうかが今後の課題となっている。またカンピーナス大学(Unicamp)ではアルコールから抽出した水素エネルギーの試作自動車を製作して、クレーンな代替燃料の研究を継続している。
ルーラ大統領は 3月19日にゴイアス州で、代替燃料の牽引車として注目を集めているエタノール生産者を世界の英雄であると最大限に褒め称えたが、その裏側では最近少しは改善されてきたが、砂糖キビ労働者の前近代的で過酷な労働条件に支えられており、レナッセンシア生産工場では、90人の労働者に半奴隷的な過酷な労働条件を強制していたことが判明、昨年のサンパウロ州の砂糖キビ労働者への不法労働条件摘発で、不登録労働、負
傷防止具の不足、労働者輸送車の安全などの不備で生産者は600件の罰金を受けている。
エタノールブームで過酷な労働条件に耐えうる北東地方の労働者が、サンパウロ州に国内移住してきており、1980年までは1 日当たり6トンから8トンの砂糖キビを収穫していたが、1日あたり15トンの砂糖キビを収穫しなければならず、サンパウロ州内の労働者との雇用争いで今では2倍近い収穫量を迫られているが、収穫期の月収は800レアルに届かないし、過酷な労働で腱鞘炎や背骨を傷める可能性が高く、2004年には労働中に19人が
死亡。また今後は機械化による収穫で雇用減少の危機が迫ってきている。
砂糖キビ栽培の環境問題では、収穫期の火入れによる大気汚染や気管支障害の他に、農薬の使用、農場内の環境保全地域の農地利用、飛行機による農薬を含む化学物質の散布や砂糖キビ粕による水質汚染など大きな問題を抱えるが、UNICA のリベイロ事務局長は農業技術の観点から、砂糖キビ栽培は土壌の流出、水質汚染、農薬使用率が他の作物に比べて少ないと反論している。
今年のサトウキビ生産は 4億2,500万トンで、そのうち労働者による収穫が75%を占め、50万人の雇用を創出しているが、サン・マルチーニョ社では今年の収穫量は950万トンであったが、機械による収穫は80%の760万トンまで機械化を進めており、大気汚染や気管支障害の原因となる火入れを大幅に減少できるが、雇用は機械化と反比例のカーブを描いて減少、2012年までには20万人が雇用を失う可能性があり大きなジレンマとなっている。
(プロブレマス・ブラジレイロス紙382号-2007年7月18日)