銀行をコントロールする方法(2011年12月24日付けエスタード紙 コラム記事)

銀行をコントロールする方法(2011年12月24日付けエスタード紙 コラム記事)
セルソ・ミンギ記者

今日知られるところの銀行事業は、少なくとも500年の歴史を持つ。

政府と、業界を監督する期間が金融危機において銀行をどのようにコントロールすべきか理解するには、十分と言ってよいほど長い時間であったはずだ。

しかるに、依然として、この経済危機の3年間、政府が銀行をどのように扱えば良いのかを知らないと言えるような、無数の、かつ大規模な、混乱が政治の世界で繰り広げられてきた。

米国における2007/2008年のサブプライム(住宅ローン)バブルの崩壊は、銀行が攻撃的に展開してきた膨大な営業活動のリストが明るみに出た。業界が野放しになりすぎていたのは誰の目にも明らかで、そのリストの大部分は、いずれの中央銀行あるいは業界監督庁の管理も行われていなかった。

2008年に破綻したリーマン・ブラザーズは、結局のところ、当時の財務局長ヘンリー・パールソンと、こちらは現在も連邦準備銀行(FRB)議長を務めるベン・バーナンキによって、その他の銀行に対する脅しと管理のための見せしめにされた。しかしながら、全ての目論見が外れた。この破綻は、米国にとどまらず、あらゆる市場に破滅をもたらした。

当局は(単に)米国第5位の投資銀行(当時は商業銀行ですらなかった)を消すことが簡単な作業と受け止めていた。ところが、事実は異なっていた。パニックが世界に伝播した。パイロットが緊急事態にボーイングどうやって操縦するべきかを知らなかったわけだ。リーマンのような比較的小さな金融機関でさえ、墜落の原因になりえる問題と位置付けられた。

続いて下された判断は、破綻が差し迫った問題になっているすべての金融機関に対して、国有化あるいは公的資金により救済することだった。米国だけで、不良債権救済プログラム(TARP)により承認された一連の救済措置でつぎ込まれた国益資金は、7,000億ドル規模となった。

最低限の信用を確保するため、米国の代表者だけでなくEU当局も、膨大な数の銀行のストレステスト(資本を注入することなくどこまで銀行が負債に耐えることができるかに関するコンピュータシミュレーション試験)を提出した。当時の目的は、大多数が問題に直面しないということを示すことであり、信用を大きく失うような方向性ではなかった。すぐさま、このテストで採用された基準に、大きな問題があることが判明した。すべてのケースで、ソブリン債が極めて優良な債権であるとみなされていたが、実際のところ、数か月後には債務不履行の可能性が大いに示され、とりわけ欧州の銀行の財務体質の脆弱性が高まった。

ドイツ政府は、公共部門だけではなく債権者(つまり銀行)に対しても、公債に関連して銀行の脆弱性が高まるので国家の負債の増減で対処するのではなく、銀行も損失を計上すべきであると要求、ひいては、過剰負債に対しては国民国家に酔う支援の必要性を引き上げることを求めた。それ以外にも、他業種と比較して銀行に対する不信が拡大したことは、銀行間融資がヨーロッパだけでなく、同様に国際的な取引においても途絶するのに十分な原因となった。

単なるソブリン債の格下げが、政府と銀行間の駆け引きを大きく変える要因になった。銀行が抱える資産のリスクが拡大したことで、政府は、注入する資本をさらに拡大する必要に迫られた。これこそ、例えば国債がトリプルAの格付けを失いかねないフランス政府が恐れていることなのだ。

一方、一連のヨーロッパの首脳会議で取り上げられた銀行資本の拡大の要求は、新たな問題を生み出した。自己資産に対して適切な資本ないように調整するために、資本そのものを引き上げる代わりに銀行の大部分は、資産の側を削減する対応を求めた。この方向性で対応の柱になるのは、融資の削減だ。先進国における経済活動の縮小は、信用の崩壊に対するこうした新たな流れがその原因の1つである。

結局のところ、政治的指導者は、とりわけ危機的状況において銀行をコントロールする方法をまだ体得していないことにすべての原因がある。加えて、薬はどのようなものであれ、病人を治癒させる代わりに、死に至らしめてしまうという致命的な副作用を持っている。(2011年12月24日付エスタード紙)

 

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