Sebrae – ブラジルを信頼して40年(Rumos記事)

ブラジルを信頼して40年

小企業・零細企業支援サービス機関(Sebrae)が、現状と将来にむけ各業界が抱える課題への取り組みを強化しつつ、設立から満40年を迎えた。そのSebraeの進取の気性は例えば、新しい本部が置かれるビルの設計からもわかる。

連邦政府のデータによると、ブラジル国内には小企業・零細企業が680万社あり、事業主全体の99%を占める。さらに、これらの企業は国内総生産(GDP)の25%を占めており、ブラジル企業が提供する正規雇用の52%は、これらの小企業・零細企業の従業員である。こうした数字を様々な角度から見ると、ブラジルの経済と社会の構造上、重要な役割を果たしていると認めないわけにはいかない。生活を賭けてこれらの企業から雇用されている人たちは、1,470万人を下らないのだ。

販売店と商店、小規模農家、修理工場、美容院、レストラン、小規模工業、コンサルタント、研究所、誕生したばかりの先端技術企業、その他、様々な業種に亘って裾野を広げているのも、設立以来40年にわたってSebraeが取り組んできた研究と修練なプログラムの賜物である。Sebraeは、ブラジリアの全国本部と国内の27事業所で、設立記念日を祝った。
この40年という年月を通じてブラジル経済は、大きく変化してきた。経済危機があり、オイルショックに直面し、対外債務のモラトリアムという烙印を押され、ハイパーインフレとその後の安定、更に経済成長への復帰、そして最近では巨大な消費市場の誕生と所得格差の緩和があった。1972年当時、ブラジルの経済レベルは世界第12位、そして40年後の現在は、世界第6位である。

小企業・零細企業の状況も改善した。この経営規模の企業には自社の力不足や問題点など課題が依然として残されているものの、全体として見ると、ブラジル会社構造を堅実に強化するための条件が、以前よりもそろっている。12年前、小規模の企業の過半数が、設立から2年を迎えることなく市場の波に飲み込まれていた。Sebraeが独自に実施した集計では、2011年の場合、2年以上経営を継続している企業は73%に達する。

自己の才覚で起業しようとする人たちにとって、現在ではより多くの支援プログラムがあり、ビジネス環境も従来より整備されている。簡略化された税金の納付システムであるシンプレス(小・零細企業納税・納付統一簡易システム)によって税負担が低減され、法整備により小規模の事業主にとって融資や政府調達などの敷居が低くなっている。

こうしたビジネス環境の整備には、多かれ少なかれ、Sebraeが関与している。「同機関は、国家的事案に対する小企業・零細企業の参加を促すにあたって、決定的な役割を担った」と、Sebrae全国評議会(CDN)のロベルト・シモンエス議長は言う。さらに、「小企業・零細企業の経営支援計画だけでなく、Sebraeは、この経営規模の企業に対する公共政策策定でも立役者としての役割を果たした」と言う。ブラジル商業ビジネス協会(CACB)のジョゼー・パウロ・ドミンゴス・カイロリ会長も、「Sebraeは、対象となる業界向けの政策と、必要とされるインセンティブに対する政策の策定に、決定的な役割を果たした」と話す。サンパウロ州小企業・零細企業組合(Simpi)のジョセフ・コリ会長は、「小規模のビジネスの全国規模で発展に、同機関が極めて建設的な役割を果たした」と強調する。

起源

Sebraeの前身であるブラジル中小企業経営支援センター(Cebrae)が誕生する1972年7月17日以前、小企業・零細企業を支援する現在のような機関は全く存在しなかった。リオデジャネイロ市に本部を置く同センターは、予算管理省の外郭団体として連邦政府の直轄機関であり、審議会は研究開発計画融資機関(Finep)とABDE、更に社会を意味する「S」がまだ付けられていなかった国立経済開発銀行(BNDE 現:BNDES)により組織されていた。

しかしCebraeの歴史は、そのほぼ10年前の1964年、BNDEが中小企業向け融資計画(Fipeme)と、Fnepの前身である科学技術基金(Funtec)を立ち上げた時までさかのぼる。この2つのプロジェクトはいずれも、小企業・零細企業に対する経営支援システムに関連した、BNDEの特別事業局の事業である。当時、BNDESの締結する融資契約が相対的に高い債務不履行率を記録していることに、小企業・零細企業における経営上の欠陥が直接的に影響していることが論証されていた。

1967年、北東部開発監督庁(Sudene)がブラジル南東部の大学の支援を受けて小企業の経営コンサルタントを提供するため、工業支援基地(NAI)を設立。この2つのイニシアティブ(BNDEとSudene)が、国家の発展プロセスに対する議論を進める重要な役割を果たすとともに、Cebraeの原型になった。

BNDEと予算管理省のイニシアティブの下、Cebraeは、ペルナンブコ州とバイーア州、エスピリト・サント州、ミナス・ジェライス州、パライーバ州、リオ・グランデ・ド・スル州、リオデジャネイロ州、サンタ・カタリーナ州で、国家機関との協力を通じて事業を推進。わずか2年後には、Cebraeは、既に従業員数230人を数え、センター本部にはこのうちわずか7人、残りの人員は全国の19事業所に配属された。1979年には、小企業・零細企業へのコンサルタントを専門とする1,200人の組織になった。

当時の経済・政治・社会の情勢は、現在と大きく異なる。Cebrae設立当時、ブラジルは、国内総生産(GDP)の成長率が極めて高い一方で所得格差がそれほど悪化していないという、ブラジル経済の奇跡として知られる経済の勃興期にあった。政治面では、軍事独裁政権が反政府活動を制限し、この体制の下、報道機関は検閲を受け、政治犯の拘禁と拷問が行われた。

ところが、Cebrae設立の翌年に当たる1973年には、経済環境が悪化し始める。原油価格の上昇に伴う最初の一撃が国際経済にブレーキをかけ、製品の輸入に大きく依存するブラジルの対外収支を悪化させた。1982年には、メキシコがモラトリアムに陥り、ラテンアメリカ諸国の対外債務危機の先駆けとなり、ブラジルはリセッションに陥った。逆境は軍事政権の屋台骨を侵食し、1985年には民主化に向けたプロセスが始まることになる。

活動

この不安定な期間を通じて、Cebraeは、小企業・零細企業に対応した環境作りの努力を継続した。最初の成果の1つは、1984年に国会で、税金と会計などの分野でベンチャー企業の手続きを簡略化する、ミクロ企業法が承認されたことである。翌年、同センターは本部をブラジリアに移転する。

サルネイ政権とコーロル政権(1985-1990)では、Cebraeは一連の経済危機に直面して打撃を受けた。監督省を予算管理省から商工省に移管し、更に当時の不安定な予算状況を受けて多くの専門家が離れていった。1990年には、人員の40%に相当する110人の専門家が解雇され、最終的には暫定令によりCebraeの解散も宣告された。

一方で、この暫定令に反対する市民運動が起こり、1990年10月9日、Cebraeは、同年4月12日の法律第8,029号を捕捉する法令第99,570号により、Sebraeに改組された。自立したソーシャルサービス機関という新たな法人格により、Sebraeは、公式に行政機関から独立し、非営利かつ公益を目的とし、企業からの拠出金を活動資金として運営される民間団体として生まれ変わった。

新法ではさらに、政府の強い影響を排除した公共の利益のための、現在のNGOのモデルも定義した。全国諮問評議会(CDN)は、政府機関と民間の業界団体、公的金融機関、技術革新を支援する民間団体により指名された13人のメンバーで組織された運営の上部組織である。役員組織は3部局に分けられる。州組織として27支部によりSebraeシステムが構築され、全国津々浦々にいたる組織が維持されている。

通則法

1990年代には、小企業・零細企業を支援する重要な法改正が行われており、その1つは、1996年の連邦政府が税金の課徴率を引き下げ手続きを簡略化したシンプレス・フェデラルがある。1999年に採択されたミクロ小企業法はこの経営規模の企業の対象となる企業の範囲を更に拡大した。しかし最も重要な進歩は、設立以来の40年に及ぶ歴史の中で、小企業・零細企業法が2006年に施行されたことである。Sebraeのルイス・バレット総裁は、「同法が、実業家のための減税や租税簡略化に触れず、市場へのアクセスと投資に対する法的セキュリティーを拡大した」と強調する。

企業家から業界団体、国会での多党派による運動など、広範囲な活動の結果、通則法は、連邦政府と州政府、市役所に対して小企業・零細企業に対する簡略化と恩恵を付与し、様々な法人格を持つこの経営規模の企業の強化を有機的に進めることを、憲法の条文において定めた。その結果、シンプレスには州税と市税も含まれるようになり、公共部門の調達において優先的な扱いを受け、小企業・零細企業という経営規模の企業に新たな、しかも強力な市場を生み出すことになった。連邦政府の計画に限っても、小企業・零細企業の財とサービスの調達は、既に年間150億レアルに達する。

Sebraeシステムは、現在、国内の全ての州と連邦区で活動網を持ち、サービス拠点はおよそ800拠点を数える。アドバイスと情報提供、コンサルタント、講習、広報、見本市の組織化、商談のセッティング、表彰といった手法が、市場における顧客企業の事業の可能性を高めるために利用されている。その一部はSebraeのポータル上のオンライン・チャネルによってアクセスされ、活動の幅を更に広げている。2012年の1月から9月にかけて、同機関は遠距離と近距離合わせて350万人の企業家に対してサービスを提供した。

その上、同機関は、ビジネス管理や販売管理、マーケティング管理、技術革新といった小企業・零細企業に不足しているものを、それぞれの業種のニーズに応じたプログラムを通じて提供した。例えばBtoBで同機関は、経営の基本的な問題にフォーカスしてミクロ企業の経営者に対して無料応対サービスを提供する。さらに、市場でのプレゼンス拡大を図る、安定経営に入った小企業に対しても、Sebraeはサービスを提供する。

小規模ビジネスの生存率を高めるだけでなく、制度環境の改善に努力しており、Sebraeが開発した支援プログラムは、この経営規模の企業のインフォーマル経済の削減に貢献している。連邦政府によると、最近は、現時点で粗利の上限が年間6万レアルと設定されている自営業者、いわゆる個人ミクロ事業主(MEI)として設立される法人の設立に拍車がかかっており、この傾向が強まっている。新法は、極めてシンプルで低コストの手続きを通じて、これらの実業家のフォーマル経済への取り込みを可能にした。これに伴い、法律で想定されている、基礎年金給付と、信用給付へのアクセス、財とサービスの政府調達に対する優先的な参加など、その他の制度を利用することが可能になった。

Sebraeが促進した種々のキャンペーンに後押しされる形で、2009年の7月以降、250万社以上の個人ミクロ事業主が同機関に登録。これらの企業は、2014年に400万社、2015年には530万社に達すると見られている。「これほど多くのミクロ企業が短期間に設立された国は、ブラジル以外に存在しない」と、同機関のルイス・バレット氏は言う。

将来への挑戦

現在のビジネス環境は従来よりも改善されているものの、ミクロ・小企業は依然として、厳しい環境との戦いにさらされている。金融システムによるこの経営規模の企業に対する信用供与は、全体のわずか4%に止まり重視されていないなど、信用供与に対するアクセスは、この経営規模の企業の発展に向けた課題の1つであり続けている。1990年代にSebraeは、信用供与で銀行業界が求める担保を補完するため、ミクロ・小企業向け担保ファンド(Fa小企業・零細企業)を設立した。Fa小企業・零細企業は、運用が開始された1995年以来、70億レアル以上の融資を実現させている。

最近では、同機関は信用保証協会(SGC)の設立を後押ししている。SGCは、イタリアとスペインのような国では長い歴史があり、特定地域の事業主自身が地方地自体の支援を受けて設立している。組織運営の方法として、協会は、銀行と小企業・零細企業の関係を改善し、財務問題のソリューションにおいて、生産的なコミュニティー活動を促進する。この種の機関として最初の組織が2000年代の初頭にリオ・グランデ・ド・スル州セーラ・ガウーシャ地方で誕生して以降、既に、パラナ州とリオデジャネイロ州、ミナス・ジェライス州で6協会が誕生している。更に4団体が設立に向けて準備中である。

もし過去40年の活動が有益であるとするなら、この期間に達成された経済と企業の変化が将来の新たな挑戦につながっていくことになる。Sebraeが策定する戦略の方向性は、2022年までを視野に入れ、小規模のビジネスの発展を促す機関としての地位を更に固めるというものであるためだ。この目標の達成に向けて同機関は、生産性の獲得と競争のための経営、イノベーションの3つの柱を立てて活動を方向付ける。

Sebraeのカルロス・アルベルト・ドス・サントス技術担当理事は、国際化における競争状況が新しい時代を迎えたことで、あらゆる規模のブラジル企業は、競争力と生産性を新たな水準に引き上げる必要に迫られる、と言う。同機関は、小規模の企業あるいは、技術革新分野のコンサルタントを無料で実施する地域技術イノベーション機関(ALI)に対して技術を最新のものに保つためのコストの一部を助成するSebratecのような計画を通じて小規模ビジネスに対する努力の拡大に励んでいる。

別の事例としては、生産連携計画によりペトロブラスとバーレ、ゲルダウ、カマルゴ・コレア、オーデブレヒトなどの大手企業の生産チェーンに小企業・零細企業を組み込む努力を続けている。「より大きな企業の品質基準を満たすことで、小企業は、格付を引き上げ、生産性を向上し、経営を改善し、提供する製品とサービスの品質を向上させる」と、カルロス・アルベルト氏は言う。

しかしながら、小企業・零細企業のように多岐にわたるカテゴリーでは、売上は、互いに一様になるわけではない。このためSebraeは、それぞれの業態と業種の需要に応じてサービスを分けるという指針を導入した。

極めて小規模あるいはフォーマル経済にようやく到達したような個人事業の場合、よりシンプルな形での企業経営に対する基本的なアドバイス、それも、研修を受けるために職場を離れることができない経営者のために、多くの場合、通信によるアドバイスにニーズがある。既に設立初期の諸問題を克服して組織化された小企業に対しては、より複雑なカリキュラムが用意されている。これらの企業にとってより重要なことは、イノベーションの能力を高め、生産性を高めることである。

社員と従業員の能力向上に投資することは、Sebraeの戦略においても中核をなす部分である。この目的達成の重要な武器が、2008年に設立されたSebrae企業大学(UCS)である。「大学では、とりわけ小規模ビジネスの企業経営における知識の蓄積と普及というSebraeのビジネス継続に向けた重要な戦略サポートの1つである」と、ジョゼー・クラウジオ・ドス・サントス氏は言う。

同理事によると、内外の協力者向けにUCSが開発した研修活動への参加者は、2012年上半期だけでおよそ5,000人を記録。2011年のは、年間1万1,000人が登録した。UCSは、リーダーシップ育成と研修、更に2012年11月にはゼツリオ・バルガス財団(FGV)との提携による小規模ビジネス経営者のMBA第1期生のクラス設立を祝った。

Sebraeシステムのもう1つの目標は、今後10年でブラジル国内5,565市全てで活動を展開することである。この目標に向け、同機関は情報技術とオンライン・サービス盲の拡充に対し、強力に投資を進めている。こうした将来位に向けた計画の背景にあるのは、ブラジルの今後数年の発展において小企業・零細企業が顕著な役割を担うとの確信があるためだ。

経済に対して重要な位置を占めているが、GDPにおける小企業・零細企業の比率は、スペイン(50%)とイタリア(56%)のような国の水準を下回る。その格差の理由は、この経営規模の企業の企業において生産性が低いことによる。経営能力の向上とイノベーションをビジネス戦略の中核要素に組み入れることが、こうした現状の改善につながる。それこそ、小企業・零細企業が、そしてSebraeが、挑むべき課題である。

MPEとSebrae

軍事独裁政権下で設立されてその後の民政移管後には零細・小企業を支援する中核組織になったSebraeの歴史において、これらの企業は根幹をなす重要な要素である。

1964―Sebraeにより中小企業向け融資計画(Fipeme)の設立;
1967―北東部開発監督庁による工業支援基地(NAI)の設置;
1972―FinepのABDEとBNDEの支援を受けて企画省の組織としてブラジル中小企業経営支援センター(Cebrae)が組織される;
1984―国会において零細企業法を承認;
1990―暫定令によりCebraeがSebraeに改組、非営利で公益を目的とする民間団体に生まれ変わる;
1996―シンプレス(小・ミクロ企業納税・納付統一簡易化システム)の設立;
2006―中小零細企業通則法の施行;
2012―Sebraeが設立40周年。


( Rumos – Economia & Desenvolvimento para os Novos Tempos No.266 Novemro-Dezembro 2013 p.30 – p.35)

https://camaradojapao.org.br/jp/?p=37570