【低成長の罠】

央銀行の元総裁アフォンソ・セルソ・パストーレ氏は、低調な成長にとどまる国内総生産(GDP)とインフレの昂進というブラジルが置かれている状況は、生産能力に対する投資不足に由来すると分析する。

ブラジル経済は今後数か月にわたってさらに厳しい状況に置かれるだろう。現在の国際情勢ではブラジルが従来と同じように大幅に輸出を拡大させることはなく、通貨レアルはドルに対して価値を失うことになる。これと同時に、国内市場は頓挫する。とりわけ工業部門は、生産コストの上昇とマージンの縮小により、風当たりが強いものになる。利益が減少し、投資は拡大しない。元中銀総裁でエコノミストのアフォンソ・セルソ・パストーレ氏(74)は、「我々は低成長の罠にはまり込んでいる」と言う。厳格で尊敬を集める学者・コンサルタントパストーレ氏によると、公共支出のコントロールと投資への振興に経済政策を指向するだけで、潜在成長率を高めることができるという。

記者質問:物価の上昇の大部分が気候的要因と不作に伴う食料品価格の上昇で説明できます。この状況において、ブラジルにおけるインフレの昂進は、単なる一時的な影響と言えませんか?

(回答)インフレ率は高い水準で推移している。価格の上昇も広範囲にわたる。教育と保健、商業などのサービス業界では年間8%以上でインフレが推移している。これは、深刻な状態だ。もし電気料金と自動車、家電への減税が行われず、しかもガソリン価格に対する助成もなかったとした場合、インフレ率は政府の公式目標の上限である6.5%を大幅に突破していることだろう。

記者質問:物価の上昇圧力になっている最大の要因とは何でしょうか?

(回答)本質的な理由は、供給の拡大を上回る需要の圧力だ。中銀自身が、既にインフレが過剰な内需によるものだと認識している。その影響は、低い失業率の恩恵をとりわけ強く受けている業界、サービス業界の価格調整において明白だ。ブラジル国内で、サービス業の需要は堅調だ。我が国は今、完全雇用下にある。それは、まぎれもなく素晴らしいことであるが、同時に、課題も生じる。会社は、従業員の確保に努めるために、より高い賃金を支払うという条件を受け入れる。この附帯的費用が必然的に、少なくとも部分的に、価格に転嫁される。

記者質問:ドル為替相場の上昇は、インフレ圧力にとって新たな台風の目になっています。政府は、米ドルのより大幅な値上がりを回避するため、外国為替市場で介入すべきでしょうか?

(回答)ドル為替相場の上昇は主に国外情勢に由来するものであり、一時的な現象ではない。アメリカ経済が成長軌道に復帰し通貨政策が変更されることで同国通貨が強くなるだろうし、それは、長期に及ぶだろう。しかも、数年にわたってレアル高が放置されていた。それに(ブラジルの対外取引の収支である)経常収支赤字が拡大し資本の流れが縮小していることで、こうした傾向に歯止めをかけるような理由は存在しない。なすべきことは、ボラティリティーを減らすことだ。レアル安がインフレにこれ以上の打撃を与えないためにも、政府は、支出の拡大を減らす、つまり、緊縮財政政策を実施すべきだ。さもなくばインフレの抑制は、過度の利上げに依存することになる。

記者質問:中銀はブラジル経済基本金利(Selic)の利上げという対処法を強化する判断を下しました。その作用は公式インフレ目標の中間値である4.5%に収斂させるのに十分でしょうか?

(回答)重要なことは、前回の中銀の会議でSelicがどれだけ引き上げられたかではなく、むしろ、利上げサイクルを通じてどれだけ引き上げられるかだ。ブラジルは従来ほど高い金利を設定する必要はないが、インフレが強力である上に、中銀は、附帯的に2つの課題に直面している。その1つは、財政政策で、これは拡張主義的であり続けている。これが見直されるという兆候は全くない。2つ目は、国際情勢の変化が原因となった、為替相場に関する新たな現実だ。アメリカ経済の回復と、ブラジルのコモディティー輸出に影響する中国経済の成長鈍化は、通貨レアルの下落を引き起こす2つの力だ。問題は、必要とされる利率の調整を実施するために中銀が十分な水準で独立性を確保しているのかという点だ。

記者質問:インフレが公式目標の上限を超え続けることが経済に与える影響とはどのようなものでしょう?

(回答)もし中銀の反応が遅れれば、将来のインフレに関する見通しは自動的に上昇する。それは見通しの乖離プロセスと言えるものだ。企業と労働者、そして一般の人たちが、公式インフレ目標を信じなくなる。もしこのプロセスを阻止できなければ、我々は昂進するインフレの渦中に置かれることになる。このリスクに対処するには、中銀が金利を引き上げ、信頼性を取り戻さなければならない。政府が支出を削減した場合には利上げの幅が小さくすむ可能性はあるが、もし財政政策の後押しがなければ、金利は再び2桁に逆戻りすることになる。

記者質問:大臣と経済スタッフの顧問らは、ブラジルには5%程度の構造的インフレがあるため、この水準を下回るようにしてまで利上げをする必要はないと主張しています。

(回答)その判断には根拠が微塵もない。基本的な部分でインフレが存在するという物語は、インフレを退治する意欲に欠けていることを正当化する以外には何の意味もなさない。

記者質問:工業部門に対して政府は、減税と助成など、一連のインセンティブを導入しました。にもかかわらず、生産はやや停滞した状態です。なぜでしょうか?

(回答)2008年まで、工業生産は国内消費の増大と足並みをそろえて拡大してきた。2008年に国際金融危機が発生し、そこで工業生産が後退した。ほどなくそこから回復する。だが2010年以降、工業部門は後れをとって、成長が停滞し、商業部門が記録した販売の伸びと乖離した。工業部門は競争力を失い、輸入が拡大した。工業部門がなぜ競争力を失ったかを理解することが鍵になる。その答えは、単位労働コストの上昇とレアル高だ。もし賃金が10%上昇して労働者1人当たりの総生産量が10%拡大するなら、コスト増にはつながらない。賃金と生産性が歩調を合わせて上昇するからだ。だが、もし賃金が10%上昇する一方で生産性が上昇しないのであれば、コストは10%上昇する。2010年以降、実質単位労働コストが15%上昇した。サービス業と異なり工業部門は輸入品との競争にさらされている上に為替相場でレアル高が進んだことで、コストの上昇を製品価格に転嫁することが難しかった。

記者質問:政府による支援では、工業部門が競争力を高めるには不十分ということでしょうか?

(回答)わずかな例外はあるが、こうした対策は失われたマージンを補填するには不十分だ。ブラジルはレアル高だった時期を利用して、インフラ投資の拡大と生産部門への資本の呼び込み、工業部門の競争力の向上に生かすべきだった。だが、そうしたことは、実施されなかった。レアル高はさらにマージンを絞り尽くした。政府は昨年、為替の切り下げを強行してこの問題を鎮静化させようとした。だがその試みは、インフレの加速に終わった。この状況で、工業部門が低い利益率から脱却するのは困難だろう。将来の利益の見通しがないために、企業は、投資を縮小したのだ。

記者質問:政府は、自動車と家電への減税など、一連の消費振興策を実施しました。需要の拡大は、投資へのインセンティブになりませんか?

(回答)それが政府の判断の根拠になっている。大統領と政府経済スタッフの分析では、投資が低迷しているのは需要が弱いからで、工業部門の利益率が落ち込んだからではない。政府の経済モデルでは、さらに消費にインセンティブを与える必要すらある。需要を喚起するために政府が振興策をさらに実施するほど、低下するのは失業率で、上昇するのは所得と政府の支持率なのだが、工業部門の利益も落ち込むだろう。もし、工業部門が利益の落ち込みを認識したなら、投資をしない。こうして、我々は年間3%に満たない経済成長を受け入れなければならなくなる。我々は、低成長の罠に落ち込んでいるのだ。

記者質問:ブラジルにおける投資向けの重要な融資元である国立経済社会開発銀行(BNDES)では、信用供与の承認額が記録を更新しています。ところが、投資は拡大せず、ブラジルの経済成長はわずかです。これは、パラドックスではありませんか?

(回答)この問題については、マサチューセッツ工科大学のエコノミスト、ダロン・アシモグル氏とハーバード大学のエコノミスト、ジェームズ・ロビンソン氏の著書、「国家はなぜ衰退するのか:権力・繁栄・貧困の起源」に照らしてみる価値はある。ある国家が繁栄するには、革新と創造の精神が必要だ。個人は、彼自身の革新性によって利益を受ける権利を持っている必要がある。革新性に対して恩恵を与える法体系が存在し、利益を確保するための市場機能を保証すべきだ。繁栄する社会の秘訣は、経済制度と政策にある。革新性を発揮して生産性の拡大で利益を得る個人が報われるという、アシモグル氏とロビンソン氏が包括的な社会と定義するものが存在する。一方で、収奪的社会がある。こちら社会では、あなたが知っている人に価値があるのであって、あなたが知っていることに価値があるのではない。実業家は、技術革新を模索することに努力を集中する代わりに、特権を得ることに努力を集中する。ブラジルのケースでは、その努力は、保護貿易主義的措置と助成金、BNDESによる融資の後を追ってブラジリアに詣でることだ。この種の恩典を与える政府というのは、収奪主義的な制度を太らせる。

記者質問:我が国は、退潮の危機に直面しているのではありませんか?

(回答)ブラジルは最近まで、保護貿易と市場の保護、価格の統制を行って、収奪主義的だった。ブラジルは既に、この段階を超えて成長した。だが私は、生産性と利益を追求するよりもアドバンテージを探し出す方が大きなチャンスがあるという社会に、改めて逆行しているのではないかと危惧している。政府が40もの省を設立するというのは、収奪主義的制度太らせる十分な土壌だ。制度の進むべき方向が、発展とは反対の方向にずれ始めている。収奪主義ではより多くの特権を与えることが自身の強い権限となって跳ね返ってくるために、生産性の向上を伴わずに特権と便宜の付与が拡大していく。このためブラジルは、低成長の罠にさらに強く囚われることになる。

記者質問:ではどのようにして、低成長の罠から脱出し、インフレを伴うことなく成長できるのでしょう?

(回答)第1に、(レオネル・デ・モウラ・ブリゾーラ氏らが中心として進めた)ブリゾリスタ的な国家資本主義を放棄することだ。財政政策としては緊縮すべきで、公共支出を削減する一方で所得の再分配に向けた政策は堅持、これにより緩やかにだが為替相場を引き下げる余地が生まれる。国際情勢の変化がこうした歩みに有利に機能する。長期的には、ブラジル国内で生産性を向上させなければならず、他の選択肢は存在しない。人的資本の向上と、労働者への教育と彼らの育成が必要だ。最高級の物的資本をもたらし、インフラを拡充し、業界監督庁を回復させることが必要だ。例えば、港湾におけるトラックの行列は、生産性の莫大な浪費を表している。同じことが、大都市の交通事情にも当てはまる。人々は、自宅を出て職場に向かうために、数時間を浪費する。これらは全て生産性の浪費であり、つまり1日の終わりにはこの国はもっと貧しくなっているのだ。もし公共部門がこれらの投資にリソースを配分しない、あるいは統治する能力がないのであれば、民間部門がプロジェクトを引き継ぐべきだ。

記者質問:ここ数日、政府はインフレ対策を強化し、また経済に対して干渉の度合いを縮小する意向を示しています。経済政策の変化あるいは金融政策の後退を反映した兆候でしょうか?

(回答)状況は悪化しており、政府は対策を講じなければならない。経済政策の新奇な部分を放棄し、伝統的経済政策をより大きく適用させることが合理的と言える。ただし政府がこうした方向に向かうサインを示したとしても、2つの障害がある。1つは、イデオロギーである。つまりジウマ・ロウセフ大統領と彼女が率いる閣僚たちは、単純に言って、伝統的な対処を信用していない。2つ目は、政治が持つ性質だ。経済に対する伝統的な処方箋を適用したとしても、その効果が現れるのは彼らが政治的に展望できる地平線のさらに先だということを政治家は知っている。成長が確認される前に、選挙が到来するのだ。何ら抜本的な改革が行われることなく、修辞的な変化に終わりかねないことこそ、リスクだ。(2013年6月19日付けベージャ誌 アフォンソ・セルソ・パストーレ氏インタビュー記事)

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