インタビュー記事【社会学者ジョゼー・デ・ソウザ・マルチンス氏】ベージャ誌

2016年2月3日号

「PTは権力など志向すべきではなかった。あらゆる種類の不正行為を分析し、調査し、そして指摘するという役割に留まり続けるべきだった」

「公的接収のために資本主義に参画することが可能だという考えが醸成された。その意図は、ひとつとなって中から蝕むことだった。これは、何もかもが悪い結果をもたらした」

政権の中のPT社会学者でルーラ前大統領が権力のトップに上るのを間近で目撃したジョゼー・デ・ソウザ・マルチンス氏(77)によると、労働者党(PT)はかつて左派政党だったことはなく、しかも教会活動に源流を持つことで党執行部と活動員が政治的反対意見を受け入れにくくしているのだという。社会学者のジョゼー・デ・ソウザ・マルチンス氏は、ブラジルにおける土地紛争研究の第一人者の1人と位置付けられている。70年代に同氏は、アマゾンの入植地建設活動の前線の研究者として、草分け的存在だった。彼の研究にカトリック教会が関心を持ち、その調査を社会運動家に示した。ブラジル全国司教会議(CNBB)が主催した講義の教師として、同氏は、指導者を育成し、1980年の労働者党(PT)の結党、そして4年後の土地なし農民運動(MST)の結団を間近から見届ける。首脳部と近しい関係にあったにもかかわらず、同氏は、決してこれらの組織には参画しなかった。「私は好戦的な知識人の交渉術に対して嗅覚が鋭い。あっちか、さもなければこっちか。誰かが党派問題を持ち出して争う意思を示しているのなら、最善の方法は、フロレスタン・フェルナンデスがやったように知識人として身を引くことだ」と、この社会学者は言う。先週、書店の店頭に同氏の45冊目の著書が並んだ。タイトルは、「社会のために戦うPTから政権のPTへ」(コンテクスト出版)。同氏が過去14年に及ぶ同党の変遷と変貌を洞察、分析した著作集だ。サンパウロ大学教授を退官したマルチンス氏は、かつてセルソ・ファルタード氏とフェルナンド・エンリッケ・カルドーゾ元大統領も務めた英ケンブリッジ大学のシモン・ボリバル教授職を務める。

ベージャ誌 この本の中でPTが保守政党であると断言されている理由はどこにあるのでしょうか?

マルチンス氏 労働者党は、共産主義に代わるものとしてABCパウリスタ地域で誕生した。共産主義に対して観念的に反対するものではないが、これまで左派政党だったことはない。公式の視点からは、カトリック教の政党として扱われた。PTはサント・アンドレー市の最初の司教で工員の労働争議における保守系交渉主導者、ドン・ジョルジェ・マルケス・デ・オリベイラ氏に起源を持つ。ドン・ジョルジェは私に、カトリック労働者センターを訪れたABCの労働者とピンポンを楽しんだものだと言ったことがある。労働者に労働争議のために工場の扉を叩くようインセンティブを与えたのは、彼だった。PTが生まれる基礎作りのためにドン・ジョルジェは、ルーラという偶像を、ルーラがそうと気づく前に創造したのだ。

ベージャ誌 PTが左派でないとするなら、右派の見解の違いというだけでこれほど大きな見解の相違を巻き起こすのはなぜでしょう?

マルチンス氏 これに対する説明は、またもや、教会の影響力ということになる。神と悪魔、善と悪の二元論だ。政治を二分法で捉えるため、労働者党員は、多くの局面で、様々な意見をまとめ上げることが苦手なのだ。彼らにとって、仮にPTが左派なら左派というのはPTのことであり、対立するあらゆるものが右派になるのだ。それは例えば、ブラジル民主社会党(PSDB)が右派だというのと同じぐらいナンセンスだ。PSDBはPT同様、徹底して社会民主主義だ。労働者党員の言う右派とは、完全なる創作物だ。ブラジルには、右も左も存在しない。国民の大部分が、そんなことすら認識していない。ルーラ前大統領は外部の意見に耳を傾けることがあるようだが、PTは、自身の見解と異なる意見に対しては全く寛容性がない。これこそ、PTの特徴だ。

ベージャ誌 しかしルーラ前大統領こそ、「彼らは我々に反対して」という議論を最も吹っ掛ける人で…。

マルチンス氏 ルーラ前大統領には、2人の人格が共存している。他の多くの政治的指導者よりもはるかに深くこの国の現実を理解している、集票マシーンとしてのルーラがその1人。もう1人は、権力のルーラだ。こちらは、政治活動の本質に極端な理屈と誤った二分法を駆使する。実際、この手法は権力機構の中でPTが利用する語り口そのものだ。ルーラにとって政治とは、ひとつの演技、ひとつの劇場なのだ。誤った二分法的議論は、政治を遂行する上での方便なのだ。

ベージャ誌 労働者党員がこの国を分裂させていると?

マルチンス氏 ルーラとPTの考えは、階級闘争の視点で語りかけるというものだ。だが、階級闘争と言うからには、階級が存在しなければならない。世界のあらゆる場所で、階級などというものは見えないところへ押しやられているのだ。ある意味、社会階級はもはや存在しない。ブラジルでは、労働者階級が消費を、教育を切望している。社会階級の旗印を掲げて戦っているのではない。エリート、これはPTが頻繁に使用する用語だが、それ自身が分化している。金融資本にひとつの意見がある。産業資本は他の意見を持つ。これらは、それぞれの存在べきところに関心を抱く。労働者も同様だ。PTの主張を裏付けるような、階級構造を持つ枠組みは存在しない。

ベージャ誌 社会を分けようとする彼らの狙いは、どういう結果をもたらしたのでしょうか?

マルチンス氏 PTの政治経典には、2つの対立するブラジルが登場する。労働者党員は、次のような観念の世界を構築した。つまり、ブラジルの大衆は、大衆を利用する裕福で好き放題できる人々と異なるという考えだ。抑圧する側は、労働者党員でないすべての人たちだ。これは、この国を極端に単純化した見方だ。エリートの構成員の多く、それもブラジルのより富裕層の一角を占める人々が、ペトロブラスにおける汚職捜査で証明されたようにPTと深くつながっていることからも、この解釈が余りに単純すぎることを証明している。

ベージャ誌 なぜPTはこうした戦略に固執するのでしょうか?

マルチンス氏 少なくとも3種類のPTが存在するが、それについて私は、内部の派閥を意味するとは受け止めていない。ルーラが所属する労働者のPT、共産党に対して特定の批判を持つ知識人のPT、それからカトリックの牧師らとつながりのある庶民のPTだ。ルーラが大統領に当選した際、党内の有力グループ、そして一般の人々が、この勝利をカトリックの予言として受け止めた。土地問題牧師委員会の創立者で委員長を務めるドン・トーマス・バルドゥイーノ氏は、カルドーゾ政権は政治的意思を欠き土地改革を進めなかったと話していたものだ。だがPTが権力の座に就いた2003年、その政治的意思が期待されたが、何も起きなかった。

教会の進歩的な活動家を集めた偉大な政党は、予想されたような改革を実施しなかった。PTの土地改革は、ジョゼー・サルネイ大統領が進めた土地改革と比較しても、数の上でも、規模の上でも劣っている。私が言いたいのは、この問題を政治的意思として語るのではなく、むしろ実際の問題として扱うべきだということだ。フェイジョン豆のように、ブラジルの食糧の大部分を家族営農者が生産しているとしても、我が国に「御利益」をもたらしてくれているのは事業としてのアグリビジネスなのだ。

ベージャ誌 PTが戦略の中で犯した最も深刻なミスとは、何でしょうか?

マルチンス氏 PTが大統領府の住人になる前、大衆の政党が権力の座に就くと期待されていた。素晴らしいユートピアが来るというのが、我々の原動力だった。だが大衆の党であろうとするなら、PTは権力など志向すべきではなかった。あらゆる種類の不正行為を分析し、調査し、そして指摘するという役割にとどまり続けるべきだった。行政府のポストに就く以前、PTは、これらすべての権力が不正の巣窟であると決めつけていた。誰も権力の座に届かない中で、権力を手に入れないふりをしていたのだ。ルーラは、その首魁だった。彼と一切の関係がないかのように、彼は権力を罵った。

ベージャ誌 これほどのスキャンダルがあるにもかかわらず、80年代のユートピアだったPTに幻想を抱く人がいるのはなぜでしょう?

マルチンス氏 政府を支持する街頭デモ行進、あるいは批評するためのものでも、PTほど職業的な水準で組織されスローガンを掲げて訴えるものは存在しない。労働者党員が持つ集団心理で、党は、強力な動員力を備えている。この忠誠心は、ほとんど宗教と言っても良いぐらいだ。これは褒められたことではないが、これこそPTなのだ。これは褒められたことではないが、私はコリンチャンスのファンだ。これは褒められたことではないが、私はカトリック教徒である。

ベージャ誌 PTが腐敗の泥沼に沈んで行くのを、あなたはどのように受け止められたのでしょうか?

マルチンス氏 社会運動組織とPTの内部では、多くの人の間で、公的接収のために資本主義に参画することが可能だという考えが醸成された。その意図は、一体化することで中から蝕むということだった。これは、何もかもが悪い結果をもたらした。事業入札で競合を出し抜くために10%の賄賂を受け取ったが、党に資金を収めればそれが容認されるという手法が、利他的な汚職の可能性として信じられていた。だがそれは汚職そのものであり、既に司法が証明してたように、横領は利他主義と容認できるような規模を上回っていた。

ベージャ誌 党の主だった指導者が汚職で逮捕されました。ルーラ前大統領はどうやってメンサロン(買収工作費)スキャンダルを無傷でやり過ごしたのでしょうか?

マルチンス氏 ルーラは、非常に賢く巧みで、常に、大統領府の裏方で並行して進められていたことに対する責任がないように見える振る舞いをしてきた。確かにこうしたことは、あらゆる政権において、程度の差こそあれ発生する。共和国の大統領は、閣僚の行動の全てに口を挟むことなどできない。こうした戦略は、メンサロンでは一層明白になった。ルーラは、スキャンダルの外縁部にとどまることができた。私は70年代にアマゾンでの土地占領に関して実施した研究で、これと似たような手法を確認している。そこには、巨悪が潜んでいた。

人々は最初、暴力事件の責任は、武器を所持している用心棒のせいだと考えた。その後、農場管理人と考えるようになり、さらに後になって、農場主に責任があると考えるようになった。政府は、この責任の伝達ゲームの最後にいた。ルーラは、これと同じ心理で救われた。ブラジル人は他の政治家が大統領から得た信頼を乱用したと受け止めたのだ。

ベージャ誌 前の大統領時代と同様に、ルーラは、このところ彼の周辺で暴かれつつある汚職事件に対しても、免疫を持ち続けるのでしょうか?

マルチンス氏 権力から離れた彼には、こうした保護装置を失っている。だが民衆に根付く彼のカリスマ性に助けられるだろう。

ベージャ誌 ジウマ・ロウセフ大統領の弾劾プロセスについてはどうお考えでしょうか?

マルチンス氏 2005年にも同じく、ルーラ大統領を政権の座から追い落とそうとする動きがあった。彼がこれを懸念していたことは、極めて明確だった。ルーラは数日間、政治的に麻痺することになった。彼は自身の政権が終了したのだと確信していた。今、我々は再び大統領を弾劾する可能性について議論している。弾劾に対して私が反対、あるいは賛成しているということを言いたいのではない。私はあくまでも、このプロセスの歴史的な結果を考えている。ジウマの後継者ならミシェル・テーメル副大統領だが同様に問題を抱えており、その結果、2人の後継者としては訴訟を抱えるエドゥアルド・クーニャ上院議長になるが彼の抱える問題は2人以上に深刻で、ブラジルが健全に危機を脱出できるような状況になる兆候は全く見られない。

新たな喚問が行われて仮に全員がこうして次々に排除されるのなら、多くの時間を費やすことになるし、それこそ、2018年の選挙が来るのを待つ方が良いことになる。社会と、聡明な政治家は、次の選挙までこの国を運営するだけの能力を備えていると証明する必要がある。このような極めて深刻なプロセスについて、煽るべきではない。

ベージャ誌 野党はPTの政党登録抹消を支持している。政党の将来はいかがでしょうか?

マルチンス氏 仮にPTを解散させることができたとしても、ブラジルには得るものはないだろう。だが同じくわが国は、権力に順応できこれを利用するようなPTが居座ることからも得るものはないだろう。PTは、成熟して近代的な政党に脱皮するという今に至るまで成し遂げられなかった課題を解決すべきだ。過去数年にわたってPTに生じたような問題の責任を、右派に押し付けても無駄だ。すべては、PT自身の身から出た錆だ。それは最も驚くべきことだ。舞台裏で糸を引く敵などいない。PTを破壊している人たちは、PTの友人たちなのだ。

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