【論評】将来において経済には、社会的利益の目的を達成するための生産性の再編が求められる(2020年5月13日付けエスタード紙)

ジョアキン・レヴィー*

新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックがピークを過ぎれば経済が変化することは、既に誰もが認識している。緩やかに導入されるはずだった技術革新は、劇的に導入を加速した。経済の一部は完全にデジタル化されたか、デジタルインタフェースが大規模に導入された。資産経済の一角を占める金融業界は、融資の承認のようなビジネスの基本的判断を下すために人工知能(AI)を活用することを含め、デジタル化への移行を完了した。物品が構成要素として大きな比重を占める業界では、転換は販売形式、すなわちオンライン化として現れた。公共サービスも同様に、連邦貯蓄銀行(CEF)の支店には長い列ができているとは言え、この方向を向いている。治安面ではカメラの設置や携帯電話の情報、演繹アルゴリズム、公衆衛生ではオンライン診察、通信教育は通常の状況なら10年は掛かろうかというところをわずか2か月で最前線において機能するまでに躍進した。これらはすべて、公共及び民間の雇用に影響を与える。

これらの変化に共通することは何だろうか? それが必要と認められた際に生産性が大幅に向上したことだ。では、その続きはどうか? この生産性の向上を継続的に後押しし、社会的利益という目的の達成のために活用すべく、経済は再編を続ける必要がある。

19世紀に得られた偉大な経済的知見は、すなわち、富が分配されない資本主義経済の生産性の向上は富の集中と需要の不足につながり、持続的なものではないということである。より高い競争力を確保し競争相手に勝利しようと投資する企業の個人的なインセンティブは、持続不可能な形で導入されることがある。

そうであるなら我々は、生産性向上の成果をどのように分配するかというポジティブな問題を抱えている。これが、過去80年の西洋の歴史であった。インフレあるいは資本逃避を発生させるだけにならずに公的債務あるいはマネタリーベースを増やすことを可能にするのがまさに生産性の向上だということは、新しい様々なセオリーでも変わっていない。だが、人々のイニシアティブを生産的な形で振り向ける方法を見つけることができずに肥大した債務だけを抱えてパンデミック前の世界に復帰しようと試みるだけでは、生産性の拡大は見込めない。リスクとなり得るのは、国家に収入が保証された人たちと、残りの人たちがこぞって潮流にあらがう貧困社会だ。

これを今のブラジルにあてはめ解釈するなら、誰もが望んでいる発展水準にブラジルを到達させるため、全国的な下水整備など必須かつ不可欠になるとわかっている無数の取り組みに資金を供給すべく新技術の利用を容易にしてその成果を活用することである。それは、単にイノベーションを輸入するだけではなく、高い生産性を持ったサービスを通じた知的社会としての人材の育成と雇用を促進するということである。穀物輸出の大部分が家畜用の飼料用途のため、もし食肉の国際市場が環境問題に対する懸念や研究機関の何らかの代用肉が成功を収めれば、我が国の規格外ともいえる農業分野はリスクに直面することになる。では農畜産の統合だけで十分だろうか? より多くの大豆をバイオディーゼルに使うにしても、20年間の物流の電力化がその計算を狂わせないだろうか?

COVID-19によって引き起こされた安全性に対する要求で引き起こされる世界的な生産チェーンの変化について、ここで考えてはどうか? 保護貿易主義を拡大させようというのではなく、安全な供給国としてブラジルをポジショニングさせるのである。ブラジルが足を踏み入れるアリーナは、競争が激しいものの、より高い教育を受けたブラジル人と実業家の新しい世代に雇用を生み出す機会も提供する場所だ。保健分野の投入財業界と設備業界はその先駆けになり、我が国の医薬品業界が再活性化するかも知れない。多くの選択が存在し、冷静な対処とオリエンテーションを民間部門は必要としている。

技術はよりよい生活の扉を開けてくれるだろうが、それは口を開けていれば空から降ってくる物ではない。その導入に対するインセンティブの設置、物理的に作業を行うロボットあるいはアルゴリズムに取って代わられ生産能力が過去のものになった人たちへの影響をどのようにチャンスに変え、公正に扱うのかが求められる。何年も前のことだが、人気作家のユヴァル・ノア・ハラリ氏は、農業が人類に飛躍的な進歩を可能にしたが、生活の質ではむしろ大多数の人々にとって狩猟民だった過去との比較でマイナスの影響を生じさせたと述べた。もし世界が、まだ誰もそれがどのようになるのか誰も知らない新しい社会のありようについて構想しなければ、歴史は繰り返すことになる。その挑戦に立ち向かい、世界の中で新たな立ち位置を確保する勇気を持ち、すべての国民をそのより良い世界に取り込むことこそ、私たちが抱くべき大志であるべきだ。政府と労働者、実業家、科学者、金融業者らをまとめる調整作業に加えて、多くの取り組みと発想が求められるのが明らかだとしても、である。(2020年5月13日付けエスタード紙)

*元財務大臣

【論評】将来において経済には、社会的利益の目的を達成するための生産性の再編が求められる(2020年5月13日付けエスタード紙)

ジョアキン・レヴィー*

新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックがピークを過ぎれば経済が変化することは、既に誰もが認識している。緩やかに導入されるはずだった技術革新は、劇的に導入を加速した。経済の一部は完全にデジタル化されたか、デジタルインタフェースが大規模に導入された。資産経済の一角を占める金融業界は、融資の承認のようなビジネスの基本的判断を下すために人工知能(AI)を活用することを含め、デジタル化への移行を完了した。物品が構成要素として大きな比重を占める業界では、転換は販売形式、すなわちオンライン化として現れた。公共サービスも同様に、連邦貯蓄銀行(CEF)の支店には長い列ができているとは言え、この方向を向いている。治安面ではカメラの設置や携帯電話の情報、演繹アルゴリズム、公衆衛生ではオンライン診察、通信教育は通常の状況なら10年は掛かろうかというところをわずか2か月で最前線において機能するまでに躍進した。これらはすべて、公共及び民間の雇用に影響を与える。

これらの変化に共通することは何だろうか? それが必要と認められた際に生産性が大幅に向上したことだ。では、その続きはどうか? この生産性の向上を継続的に後押しし、社会的利益という目的の達成のために活用すべく、経済は再編を続ける必要がある。

19世紀に得られた偉大な経済的知見は、すなわち、富が分配されない資本主義経済の生産性の向上は富の集中と需要の不足につながり、持続的なものではないということである。より高い競争力を確保し競争相手に勝利しようと投資する企業の個人的なインセンティブは、持続不可能な形で導入されることがある。

そうであるなら我々は、生産性向上の成果をどのように分配するかというポジティブな問題を抱えている。これが、過去80年の西洋の歴史であった。インフレあるいは資本逃避を発生させるだけにならずに公的債務あるいはマネタリーベースを増やすことを可能にするのがまさに生産性の向上だということは、新しい様々なセオリーでも変わっていない。だが、人々のイニシアティブを生産的な形で振り向ける方法を見つけることができずに肥大した債務だけを抱えてパンデミック前の世界に復帰しようと試みるだけでは、生産性の拡大は見込めない。リスクとなり得るのは、国家に収入が保証された人たちと、残りの人たちがこぞって潮流にあらがう貧困社会だ。

これを今のブラジルにあてはめ解釈するなら、誰もが望んでいる発展水準にブラジルを到達させるため、全国的な下水整備など必須かつ不可欠になるとわかっている無数の取り組みに資金を供給すべく新技術の利用を容易にしてその成果を活用することである。それは、単にイノベーションを輸入するだけではなく、高い生産性を持ったサービスを通じた知的社会としての人材の育成と雇用を促進するということである。穀物輸出の大部分が家畜用の飼料用途のため、もし食肉の国際市場が環境問題に対する懸念や研究機関の何らかの代用肉が成功を収めれば、我が国の規格外ともいえる農業分野はリスクに直面することになる。では農畜産の統合だけで十分だろうか? より多くの大豆をバイオディーゼルに使うにしても、20年間の物流の電力化がその計算を狂わせないだろうか?

COVID-19によって引き起こされた安全性に対する要求で引き起こされる世界的な生産チェーンの変化について、ここで考えてはどうか? 保護貿易主義を拡大させようというのではなく、安全な供給国としてブラジルをポジショニングさせるのである。ブラジルが足を踏み入れるアリーナは、競争が激しいものの、より高い教育を受けたブラジル人と実業家の新しい世代に雇用を生み出す機会も提供する場所だ。保健分野の投入財業界と設備業界はその先駆けになり、我が国の医薬品業界が再活性化するかも知れない。多くの選択が存在し、冷静な対処とオリエンテーションを民間部門は必要としている。

技術はよりよい生活の扉を開けてくれるだろうが、それは口を開けていれば空から降ってくる物ではない。その導入に対するインセンティブの設置、物理的に作業を行うロボットあるいはアルゴリズムに取って代わられ生産能力が過去のものになった人たちへの影響をどのようにチャンスに変え、公正に扱うのかが求められる。何年も前のことだが、人気作家のユヴァル・ノア・ハラリ氏は、農業が人類に飛躍的な進歩を可能にしたが、生活の質ではむしろ大多数の人々にとって狩猟民だった過去との比較でマイナスの影響を生じさせたと述べた。もし世界が、まだ誰もそれがどのようになるのか誰も知らない新しい社会のありようについて構想しなければ、歴史は繰り返すことになる。その挑戦に立ち向かい、世界の中で新たな立ち位置を確保する勇気を持ち、すべての国民をそのより良い世界に取り込むことこそ、私たちが抱くべき大志であるべきだ。政府と労働者、実業家、科学者、金融業者らをまとめる調整作業に加えて、多くの取り組みと発想が求められるのが明らかだとしても、である。(2020年5月13日付けエスタード紙)

*元財務大臣

 

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