東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授並びに在サンパウロ総領事館の上田基仙領事、 渡邊聡太副領事が2018年10月23日に商工会議所を訪問、応対した平田藤義事務局長とブラジルの政治経済など多岐に亘って意見交換、丸川知雄教授は23日夜にジャパンハウスで「中国におけるイノベーションと日本経済、産業の将来」をテーマに講演を予定している。
東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授は「中国におけるイノベーションと日本経済、産業の将来」と題して、2018年10月23日ジャパンハウスで講演。講演内容は下記の通りです。
丸川知雄教授は、初めに日本の経済や産業へのインプリケーションについて説明、中国は非常に多くの労働力で安いものを世界中に輸出しているが偽物が多いというイメージが強い。知的財産権が十分保護されていないというイメージはいまだに正しい側面がある反面、中国はイノベーションの大国として今立ち上がりつつある側面もある。
最初のスライドは、特許の申請件数。中国の特許の申請件数は驚くべきことに、毎年100万を超える特許が申請されているが日本では少なくなってきている。もう一つ注目すべきは、特許の国際申請で世界中の国に同時に特許を申請するという仕組みでPCTアプリケーションと呼ばれている。中国が2017年に日本をちょっと抜いた。中国は日本と肩を並べるイノベーションの大国になった証です。
日本との関わりを言えば、1980年代に家電製品であるテレビ、冷蔵庫、洗濯機の生産ラインを日本企業が中国に大量に輸出して、どのようにテレビを作るのかとか教えてきた。さらにテレビの基幹部品のブラウン管やICとか、部品に関する技術も、日本は積極的に中国に移転してきた。中国は2017年に2900万台もの自動車を生産して圧倒的に世界最大の自動車生産大国になっているが、その原点は1972年、日本と中国が国交を樹立した年に、中国の自動車産業代表団が日本に1ヶ月来て、日本の自動車産業の状況を学んだ。1981年には、トヨタの生産方式を作ったトヨタ自動車の大野耐一副社長が自ら中国の自動車産業に行って現場で指導。日本が中国の産業発展に与えた影響というのは非常に大きい。
また、コンビニエンスストアやラーメン屋など日本にごく普通にあるようなものが、最近中国に進出しているが、中国の地元企業がそれを真似しているという現状がある。ともすると日本人は、結局、中国人は日本を真似しているだけと思いがちであるが、これは大きな間違いである。それは日本のためにも良くないということを私は考える。中国には今、非常に注目すべき色々なイノベーションが起きている。 今日は中国で見られるイノベーションのタイプをいくつかのグループに分けてご紹介する。
まず、中国人特有の需要がある。見た感じ何の変哲もないものだが、これは豆乳をつくる機械で、大豆と水を入れると豆乳ができる。実に中国風の発明で、まあ他の国にはあまりない需要だと思うが、結構中国でヒットした製品です。右側は、ごく普通の炊飯器ですが、中国には2種類の米があって、日本と同じジャポニカの米と、インドのような細長い米、2種類の米が炊けるようになっている。こんな細かいところにちょっとした工夫がある。
2つ目の類型は、中国固有の制約から生まれたイノベーション。実はこのタイプが実に多く、例えばインターネットとスマートフォンを利用した支払いサービスが中国では非常に発展している。他の国では、クレジットカード、あるいはデビット、つまりカードで何でも支払えるので、あまり必要性は感じないが、中国では一般の人は、余りクレジットカードを持っていない。クレジットカードがないと、インターネットで何か買う時に非常に面倒、下手すると銀行に振り込まないといけないので不便だった。そこで、有名なアリババというインターネット企業が、アリペイという仕組みを開発。このアリペイという仕組みは、インターネット上の口座にお金を入れておいて、そこから何か買うと引き落とされるという仕組み。アリペイの重要なところは、中国でインターネットの向こう側の人と取引する場合に、相手がまず信用できない。お互いに信用できない。消費者がちゃんと金を払うかも分からない、品物が届くかも分からない。その信用できない相手と、お金が振り込まれたら物を発送し、物が着いたら業者はお金を受け取れるという仕組みにして、大成功したから人々がインターネット上にお金を預けるようになった。そうするとアリペイは、預けておいたお金を今度は利子をつけ、また運用開始でお金が集まって成功しすぎて、中国政府がちょっとやりすぎだということで止めたりした経緯があった。
さらに、アリペイと同様の仕組みをスマートフォンで使えるようにしたのがウィーチャットペイで人気を集めた。この2社が競争して、今や中国では、スマートフォンで電話料金、電気料金、鉄道や飛行機の切符の購入など様々な支払いが行われている。また友達にお金を送ることができるので、かつて中国では割り勘というのは考えにくかったのですけど、割と普通にできるようになった。このスマートフォンによる支払いが、ものすごく増えてきている。2016年のスマートフォンによる支払い額は58.8兆元。ちなみに中国のGDPは74.4兆元なので、GDPの6、7割ぐらいの年間の支払い額になっている。
なぜこんなに急速に普及したのは、特に高齢の方でも使うようになって電気や水道の料金の支払いができるので、銀行に行かなくてもスマートフォンで電気料金の支払いができる。もう一つはですね、QRコードというものを使っているので、お店で購入するのがとても簡単になった。ご覧のように、テントみたいな果物屋さんでもQRコードが2つ貼ってあって、片方がアリペイで、片方がウィーチャットペイ。右側はラーメン屋さん。こういうところで現金を使わずにラーメンが食べられるので、とても普及しているということが分かる。
さらに、これは深センのカフェですが、カフェのテーブルにQRコードが貼ってある。スマホを近づけて読み取るとこちらの画面が出てきて、アメリカンコーヒーをスマホで注文するとお店の人がコーヒーを持って来てくれ、同時に支払いも終わっているという仕組みです。このカフェの場合は現金でも支払えるのですが、中には、もうこれだけ、現金は受け付けませんというカフェさえ出てきている。
次にご紹介するのは自動販売機。中国の場合もそんなに治安は、悪くはないけど、問題はお札が結構汚いので自動販売機はあまり便利ではなかったけれど、スマホによる支払いが普及してくれたお陰で、全てスマートフォンで読み取るだけで支払える。 中国人は、ノリがいいので、だんだん色々な方面にこの支払いを応用するようになってきて、例えば中国系コンビニエンスストアでは入口に、大きなQRコードが書いてあって、入るときにスマートフォンでこれを読み取る。そうすると現金を使わずに、自分で買ったものをこの機械でもって自分で読み取らせて、支払いができるというようなものが出てきている。
それから、Uberみたいなライドシェアサービす。これもスマートフォンで支払えるということが前提になっていて、現金は一切使わないで済む。中国の各都市で、タクシーが中々つかまらなくて大変だったが、このライドシェアのサービスが出てきてから車が大変呼びやすくなり、全国で2000万人のドライバーがサービスを提供している。第2のタクシーと言っていい。
次は自転車シェアリング。中国の自転車シェアリングは2016年に、突然中国の街角にこういう自転車が現れて、これはある意味とても便利なもので、街角に置いてある自転車にスマートフォンをかざして、QRコードを読み込んで、するとカチャっと自転車のロックが外れて乗っていける。自分の好きな所まで乗っていって、そこで自転車を停めてロックしたら、それで使用完了。支払いもスマートフォンでピッと押せば完了する。そうすれば利用料金はスマートフォンの口座から引き落とされるという仕組みでとっても便利。これが出てきたお陰で、地下鉄から降りてその周りにある自転車を適当に借りて、好きな所まで乗っていって停めればそれでいい。
面白いことに、このQRコードが他の技術が使われていた分野にも使われるようになってきた。その一つが、地下鉄の改札。地下鉄の改札、このカードでピッとやるところもこの機械にあるのですけど、その下に、窓がある。この窓にスマートフォンでQRコードを表示して、それを窓にかざす。すると通過できるという仕組み。このように、QRコードの利用範囲がずいぶん広がってきていることが分かる。今後はカーシェア。自転車シェアと同じように、街角にこうやって停めてある車にやはりスマートフォンをかざして、QRコードを読み込むと、車の扉が開けられて、自分の好きなところへ乗っていって、そこに停めてロックすれば返却という、このカーシェアリングのサービスもまた同じ仕組みで行われ始めている。中国は電気自動車の普及に非常に積極的に取り組もうとしている。中国で生産活動をする、販売活動をする自動車メーカー、あらゆる自動車メーカーは、電気自動車を一定の数作って売らなきゃいけないということになっているけど、この電気自動車、充電が不便だが、カーシェアリングで使われれば便利。つまり、街角に停めてある時に充電しておいて、それを借りて好きな所まで乗っていって、そこで返せば、便利に使える。まだ自動車シェアリングは商業的に成功しているいないが、交通渋滞など中国の都市問題の解決に貢献することが期待できる。
このように中国では、様々な分野でのイノベーションが盛んになっているが、その2つの中心地の一つは深セン、もう一つが北京。この2カ所は、既に様々なイノベーティングな企業が登場しているだけじゃなくて、新たなベンチャー企業を育てようという動きがまたとても盛ん。インキュベーターとかメーカースペースと呼ばれている場所で、左側は北京のインキュベーター施設で、若い企業家に場所を貸して、そこで何か事業をやってもらうと。右側は、このビルの下は市場で、この真ん中辺にメーカースペースというのがあって、世界中から、何かものづくりをしようとしている若い企業家が集まってきている。このユンジサイテックという会社で、何を作っているかというとロボット。どういうロボットかというと、ホテルなんかに入っていて、接客してくれる。自分はどこそこへ行きたいと言うと、このロボットがエレベーターホールに連れて行ってくれ、エレベーターに一緒に乗ってきて、7階と言ったら7階まで一緒に上がって、そこまで案内してくれるというロボット。 中国の様々なイノベーションの動きをご紹介してきたが、最後に、これらが日本の経済と産業に対してどのようなインプリケーションを持っているのかを話ししたい。
QRコードは実は日本の企業が発明したもので、デンソーという自動車部品の会社が発明、元々の用途は自動車部品の箱にこれをつけておいて、自動的に自動車部品の箱を整理するために開発したもの。デンソーは特許を取ったけれど、タダでこの技術を公開した。その意図は、それを読み取る機械で儲けようと考えた。QRコードそのものでは儲けないで、読み取る機械で儲けようということで、QRコードは色んな分野で実際に応用されてきたが、ただ日本の産業界はこれがお金に使えるという発想がなかった。
なぜなら日本では、フェリカという、ソニーが開発したICによる電子マネー、ICカード。専門用語で言うとNFC、Near Field Communicationと言うが、これが電子マネーに最も有力な技術だとずっと思われていた。フェリカは1997年に開発され、何よりの特徴はとても早い。日本の鉄道の改札でこれをピッとやると0.1秒で反応すると、それが売り物で日本の鉄道の改札でフェリカを使っている。これが電子マネーの最も有力な技術であるということで、こういうカード形式だけじゃなくて、携帯電話にもこのフェリカを入れて、日本ではお財布携帯という名前をつけて、携帯電話でお金に使えるようにしようとした。
こういう仕組みを実際に携帯電話にのせたのは、日本の企業が世界で最初、2004年。日本が一番進んでいたはずだが、今日にいたるまで、あまり使っていない。実は、電車を通る時には使っているのだけど、お店で同じようにピッと買っている人がいるかというと、まあそこそこはいるけど、中国みたいに誰でもそれを使っていない。
日本での1年間の電子マネーの支払い額は日本円で5兆円、中国での1年間の電子マネー、先ほどのQRコードのスマートフォンでのお金の支払い額は1000兆円。日本の200倍。日本の方が10年も先に始めたが、中国の方は日本の200倍も普及している。これはちょっと考えるに値する問題だと思う。日本では中国は偽札が多いから、お金に信用がないので、だから皆スマートフォンの支払いに飛びついたりすると説明。私の解釈は、日本は自動販売機が便利で、現金1万円入れてもちゃんと受け付けてくれる、一番大事な理由は、結局、日本はこのフェリカを使ってしまった。中国はQRコードを使った。この違いです。何しろ、QRコードの場合はあの模様を貼っておけばいい。とっても導入費用が安い。フェリカの場合はこの機械が必要。リーダーライターという機械をお店の方に置いておかなきゃいけない。模様を貼っておくのと、この機械を置くのと、やっぱり小さな店にとっては大きな違いがあり、かたや10円もしない、かたや3万円ぐらいする。小さなお店にとって、3万円の機械を置くのはコストがかかる。ここに大きな違いがある。
日本の産業界、それから日本の政府も、フェリカを利用して電子マネーへの転換を進めようと、つい最近までかなり熱心にがんばっていたのですけど、これは結局日本のIC産業にも関係あるから、なおさらそれを推し進めたいと思ったが、結局、どうしてもコストが高いという問題をクリアできず、小売店や飲食店でこのフェリカが使えるお店というのはせいぜい20%。ですから残りのお店には必ず現金を持っていかないといけない。そうしたら電子マネーの便利さって中々広がらない。だから結局、導入した技術の違いが大きかった。
で、ようやく今年になって日本の産業界も、どうやら我々が技術の選択を間違えたようだと。フェリカの電子マネーをだんだんやめて、日本の会社もQRコードを使うようにし始めた。まだそれが成功したとは言いがたいが、変わってきている。これが日本と中国のイノベーションの違いが良く表れている。日本は、わざわざ難しい技術を選んだ。中国は簡単な安い技術を選んだ。明らかに中国の場合日本より進んだ。こういう事例がこれからますます増えるのではないか。例えば電気自動車、先ほど触れた電気自動車ですけど、中国での年間の販売台数は去年58万台。日本は5万4000台。これは人口が10倍だからちょうど10倍だという言い方もできるが、今後中国の方が勢い良く拡大していくと思う。
さて、日本の産業はこうした状況にどう対応したらいいか。中国に対抗して日本もがんがん新しいものを導入していくべきだという考え方もあるけど、私は、あまり対抗なんか考えなくていいと思う。まず、日本経済がもうあまり成長しないという現実を受け入れなきゃいけない。これは日本の経済成長率を1950年代から今日までとったけど、最近の成長率は1%ぐらい。 なぜ高い成長率が望めないのは人口が減少し始めている。人口は、2008年、2009年あたりをピークに明らかに減少し始めている。、成長率がゼロでも人口が減少しているから一人あたりの所得は依然増え続ける。かつ、日本では高齢化が進んでいる。2018年、人口の30%が65歳以上。これが今後、40%以上に拡大していく。日本は人口が減少しているし、非常に高齢者が多い。かつ、日本の年功序列の仕組みも中々変わるようで変わっていないので、お金を持っているのは中高年、若者は所得が少ない。
こういう状況を考えると、日本の消費の傾向として、かなり保守的になる。中高年はお金を持っているけど、そんなに生活を変えたくない。だから何か新製品、QRコードといっても、ぱっと皆飛びつくわけではない。中国人の方が新しいもの好きも上に平均年齢が日本より若いということも非常に重要な要素としてあると思う。これまでの多国籍企業に関する理論では、新製品は必ず一番リッチな、一番豊かな国に導入して、それからだんだん、より貧しい国に展開していくのだと、それが普遍的な法則だというふうに言われてきた。
日本について言えば、もはや新製品を導入する場所として適切ではない。いい技術でも、日本の消費者は高齢化しているから、お金持っていてもあまりぱっと飛びついてくれないので、本来成功できるような製品があまり成功しない。もう思い切って発想を転換して、一番最新の技術は中国で売る、あるいはブラジルで売るのだと、それぐらい発想を転換しなきゃいけないと思う。そういう若い国で新製品を出したら、もっとヒットして、もっと気持ちよく、じゃあ今度は日本でもやってみようということになると思う。
むしろ、日本の良さというのは、高齢であるということは決してマイナスの要素じゃなく、例えば、日本企業全部で125万社の企業の平均年齢、この企業が誕生してから今日まで何年かということを調べたら、平均40歳。これは驚くべき長さであり、日本には100年以上の歴史がある企業が2万社もある。中国の民間企業の企業家たちはこれがとてもうらやましいく、わが社も100年も続くような会社になったらとっても良いなということをよく言っている。
その長く続く企業というのは当然お客さんとの付き合いも長いですね。中国の企業というのはそれと全く対照的に、若くて、お客さんとの付き合いも割りと短くて、ぱっと変わっちゃう。で、成功したら3年後には倒産しているということが、ざらにある。その反面、中国では新しい企業を作る勢いもすごく盛んである。日本はかなり低調。だけどこれは必ずしも悪いわけではない。日本企業は、単に企業の年齢が高いだけじゃなくて、従業員の年齢も高い。半分以上が40歳以上。これは大企業の例で、半分以上が40歳以上。これも一概に悪いことじゃない。ベテランが多い。皆同じ企業に長く勤めている。だから、日本の強さというのは、新しい製品をどんどん出していくということよりも、一つの製品やサービスを地道に改良して、改善して、ずっと長らくその業界でがんばっていくと言う事である。
典型的には自動車産業だと思うのですけど、自動車は何年かに1度モデルチェンジはするけど、基本は100年ぐらい変わってない。あるいは、光学製品とか、化学繊維とか、機能化学、こういった分野で日本の企業って結構強い。それは、やはり経験豊富なベテランがいるから。あるいは日本社会全体の構造がそこに反映されるからと思う。
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Sota Watanabe, Tomoo Marukawa, Motonori Ueda e Fujiyoshi Hirata
Foto: Rubens Ito / CCIJB