2005年6月17日
ルーラ訪日随行報告
ブラジル日本商工会議所
会頭 田 中 信
I.今回日本出張の目的:
(1)5月26日、27日、28日の3日間ルーラ大統領訪日を機に開催された第11回日伯経済合同委員会に出席、日本側スピーカーとして発言するため。
ホテル・オークラで行われた会議には、日本側約80名の企業関係者、ブラジル側はフルラン商工開発相を含む約90名の企業及び政府関係者が参加。
(2)足掛け3年越しで当会議所が日本の出版社で編纂中の『現代ブラジル事典』が漸く完成したため、ルーラ大統領訪日を期して第一号を贈呈するため。
II.合同委員会プログラム:
5月27日開催。当初は一日フルに使用の予定であったが、午前中だけに短縮され、午後はブラジル政府主催によるブラジル投資セミナーに変更された。
合同委員会の概要は以下の通り。当初は1項目1人の発言予定が最後まで決まらず、直前になり1項目2~3人になるなどの混乱があった。
? 開会挨拶
西室泰三 日本経団連評議委員会副議長
ジョゼ・デ・フレイタス・マスカレンニャス CNI副会長
[第一セッション]
テーマ1:日伯間の貿易投資を促進するためのメカニズムと政策
? 日本側発言(各5分程度)
キリンビール相談役 佐藤安弘
三菱商事副社長 高島正之
新日本製鉄常務 北川三雄
? ブラジル側発言(15分程度)
リオドセ役員 ジョゼ・カルロス・マルチンス
テーマ2:ブラジルのビジネス環境と投資機会
? 日本側発言(5分程度)
ブラジル日本商工会議所会頭 田中信
? ブラジル側発言(10分程度)
ブラジル、インフラ協会会長 パウロ・ゴドイ
? 意見交換
[第二セッション]
テーマ:日伯経済連携協定(EPA)の可能性
? ブラジル側発言(10分程度)
CNI(ブラジル工業連盟)役員 ジョゼ・アウグスト・コエリョ・フェルナンデス
? 日本側発言(各5分程度)
伊藤忠相談役 室伏稔
国際協力銀行理事 岡本巌
? 意見交換
[閉会]
? 共同コミュニケ採択
? 閉会挨拶
開会挨拶者と同じ
[昼食会]
III.第11回日伯経済合同委員会の成果(共同コミュニケ)
1.両国貿易の多様化と投資拡大のため実施時期を明確にした具体的、効果的手段の検討。
2.両国政府に対し、EPA(経済連携協定)締結のための産学官共同研究会の速やかな設置の要望。
3.2004年日本経団連及びCNIはそれぞれ5月及び7月にFTA推進の提言書提出した。今回はEPA研究継続のための共同研究会設置で合意。
4.ブラジル側はブラジル農産物の日本市場へ浸透の障害となっている日本の衛生・検疫制度に関する規制の克服に必要な方策を指摘した。
5.日本側はブラジルへの投資拡大の障害に関する調査結果を提示、特にその中でブラジルの複雑な税制、雇用、治安、ビザや通関手続きを指摘。更に日本側は投資機会を探り、阻害要因克服をCNIと議論するため適切な時期にミッションを派遣する考えを示した。
6.ブラジル側はエタノールの日本の輸入を強く要請、日本側はバイオマス・エタノールから製造したETBEのガソリンとの混合可能性につき政府が検討を開始したことを述べ、勉強会を立ち上げることに合意。
以上が第11回日伯経済合同委員会の概要であるが、
IV.ブラジル投資セミナー
同じ5月27日午後、同じ会場でブラジル政府主催のブラジル投資セミナーが開催された。
パ ロッチ大蔵大臣、メイレーレス中銀総裁からマクロの経済金融政策の方針と最近の経済情勢の説明。ヂルマ鉱山エネルギー大臣、ロドリゲス農林大臣、フルラン 商工開発大臣、観光大臣からは各担当部門の現状、政策及び投資環境や投資機会などについて説明があった。全体的印象としては真面目な政策運営と停滞してい る両国貿易の活性化及び日本の投資誘引の従来に無い強い意欲が感じられた。また観光客の誘致にも積極的であるが、ルーラ訪日を機に東京に観光事務所を開 設、その会場で事務所看板除幕式をルーラ自らの手で行った。注目すべきはブラジル観光事務所ではなくメルコスル観光事務所と名づけられた点である。
セミナーの最後にルーラ大統領が現れ1時間近いスピーチを行ったが、歴史的に親密な日伯の特殊な関係を強調、その割には低調な貿易、投資など経済関係の改善の必要性を訴え、強い意志を持って挑戦すれば実現可能と述べ、4~5百名に膨れ上がっていた聴衆に深い感銘を与えた。
V.『現代ブラジル事典』をルーラ大統領に贈呈
ルー ラ大統領スピーチに先立ち主な投融資や協力に関する契約などの調印が行われたが、そのトップに私から、会員皆さんのご協力により編纂され、6月末発売予定 の『現代ブラジル事典』を一冊大統領に進呈した。勉強家といわれるルーラ大統領らしく、日本語で内容はわからないにもかかわらず、その後の調印式の間何回 もめくって見ていた。会議所事務局、経団連、小池教授以下編集責任者グループのご努力により事典の内容紹介と購入予約申込書を日伯両語できれいに作成し て、セミナー出席者に配布する資料のなかに含めてもらうことが出来た。
VI. 今回の両会議は勿論、ルーラ大統領訪日自体に対し日本のマスコミが殆ど無視に近い状態であったことはまことに残念であった。
VII. 合同委員会でのスピーチ要旨
最後に当会議所代表としての小職の発言内容をお伝えいたします。資料は後刻事務局より会員各位にEメールでお送りすることになっています。
私の発言内容は大別して3部門に分かれている。
1.日本進出企業のブラジルで当面する投資障害に関するアンケート調査結果。
2.それらの障害の他のエマージングカントリーとの比較。
3.日伯経済関係再活性化のためEPA早期締結の必要性。
第11回日伯経済合同委員会発言(要約)
テーマ:ブラジルに於けるビジネス環境と投資機会
ブラジル日本商工会議所
会頭 田 中 信
I. 日伯EPA締結に向けてのアンケート調査実施とその結果の概要
本 年3月から5月にかけ、ブラジル日本商工会議所はCNI(ブラジル工業連盟)の要請に基づき、進出日本企業が抱える事業推進上の問題点の具体例と、今後の 有力投資分野名、並びに日本経団連の要請に基づき、FTAAやEU-メルコスルのFTA実現の場合蒙ると予想される被害に関しアンケート調査を11の業種 別部会に所属する約150社の会員日本進出企業に実施した。その結果を要約すると次の通り。
『進出日本企業が直面している問題点に関しては既に何 回もアンケート調査が実施され、その結果は所謂ブラジル・コストに集約されその解決が期待されて来たが、今回のアンケート調査により、ビジネス環境分野に おける問題点、即ち税制、行政、知的所有権、労働、治安、資本市場、為替市場等の後進性や国際化の遅れなどの問題点。物流分野では、港湾の未整備、複雑な 通関制度による荷扱いの遅延、道路鉄道等内陸輸送インフラ未整備などの問題点がより浮き彫りになってきた。
更にFTAAやEU-メルコスルFTA締結による進出日本企業の実損が予想以上に大きいことも明らかになった。
それにもかかわらず、日本企業の対伯投資意欲は潜在的に継続しており、これらの諸問題解決により、顕在化が期待されることも明らかになった。投資意欲の強い業種は機械、自動車、化学、食品、運輸サービス、貿易など』
時間の都合で個別項目の説明は省略し、送付される資料を参照願うことにしたい。
II. 国際的比較でも問題あるブラジルの投資環境
以 上のようなブラジル向け投資に対する障壁は、ブラジルだけの問題ではなく、いずれのエマージング諸国にも共通の問題である。しかし横並びの比較をした場合 必ずしもブラジルが優れているとは言い難い点が問題である。種々の国際機関から発表されている統計に従い具体例を挙げれば次の通り:
1.世界一の実質高金利国
2.高いカントリー・リスク
JPモルガン銀行指数による世界十大カントリーリスク国の中で第5位。
3.高い課税負担率
GDP比36%は社会福祉の優れている先進国並み。ラテンアメリカ諸国はアルゼンチンの21%を除き全て10%台。
4.汚職不正の悪化
昨年10月発表されたTI(トランスパレンシー・インターナショナル)調査では10点満点で3.9点、良い順に数えて世界59位でここ7年間に悪化。
5.競争力低下
WEF(ワールド・エコノミック・フォーラム)調査では、2000年の54位から下落を続け、2003年には57位になった。スイスIMD調査では2004年は53位から51位に上昇。
6.外国直接投資受け入れ国順位低下
ブラジルの調査機関Sobeetによれば2002年ブラジルは11位であったが、2003年には香港、シンガポール、メキシコなど同じ新興国に追い越され16位に落ちた。
III. 世銀レポートによる投資、成長阻害要因
昨年9月末発表された世銀開発年報は「すべてにとりより良い投資環境」のテーマで、貧困及び新興国53カ国の26000社にインタビュー調査を実施。
経済成長に有用なのは、恩典つきクレヂットや補助金よりも、年金改革、税制改革、労働改革など、民間投資に対しより良い環境を保証するミクロ改革としている。
活 動発展の妨げとなるものとして、政府の経済政策の予見困難、マクロ経済の不安定、高い税負担、汚職不正などがインタビュー企業により指摘された。それらに 続くものとしてクレジットの高コスト及び取得困難、犯罪、規制コスト、労働法の遵守コスト、資格ある労働力の不足などが指摘されている。
特にブラジル企業は、売上の15%相当が契約実行困難、賄賂、過度の規制、犯罪関係コスト、インフラ不備などに費やされる。またブラジルは会社設立に要する期間、手続き、契約実行日数、財産登記日数などで他のBRICs諸国と比較してより官僚的であることを示している。
IV. 日伯EPA早期締結の必要性
1.立ち遅れた日本企業
1994 年7月より実施されたレアル・プランは、ブラジルの代名詞であったハイパーインフレを終息させた。憲法改正を含む行政、年金、税制などの財政構造改革や外 資企業に対する差別撤廃、規制緩和、民営化などの経済効率化に取り組んだ。欧米企業はこの流れをいち早く捉えてブラジル向け投資を増加させたが、日本企業 は立ち遅れた。
日本は1995年までは、対ブラジルへの投資額順位で常に3~4位を維持していたが2000年には10位に転落、2003年には若干戻して8位になったが、2004年再び落ちて14位となった。
2. 動意が見え始めた日本企業のブラジル向け投資
然し遅れていた日本企業の姿勢にも、20世紀末から21世紀始めにかけてようやく、多少の動意が見られるようになった。
3.10年間横這いの日伯貿易
次 ぎに両国間の貿易を10年期間で見てみると、ブラジルの対日輸出は1994年には26億ドルであったが、2004年も27億ドルと略横這いである。この 間、ブラジル輸出総額は2倍以上、対米国向けも2倍以上、EU向けは約2倍、中国向けは7倍近く増加している。小泉総理が昨年9月訪伯の土産としてマンゴ 輸入を解禁したが、「日本向マンゴ輸出が実現するまで30年かかった」と皮肉混じりに語るブラジル人もいる。同じく長年の課題である日本のブラジル牛肉輸 入は未だに実現していない。
4. 8年ぶりの総理訪伯
昨年9月小泉総理が訪伯した。総理大臣のブラジル訪問は8年ぶりである。大臣の訪問でも6年目である。今回ルーラ大統領の日本訪問による両国首脳の交換訪問が低調な日伯経済関係再活性化の導火線となることを期待したい。
5.経団連及びCNIよりEPA早期締結の提言書提出
投 資、経済協力、貿易などの促進、即ち両国経済活性化の有力な手段となるのがEPA(経済連携協定)/FTA(自由貿易協定)である。日本経団連はブラジル 日本商工会議所と協力して、昨年5月日伯EPAの重要性と政府間の早急な交渉開始を求める提言書を日本政府に提出、同年7月にはブラジル側のCNI(ブラ ジル工業連盟)も同様な提言書をブラジル政府に提出した。更に上記小泉総理来伯時にも当会議所は日伯EPAの早期交渉開始を重ねて要望した。然し、日本政 府のブラジルとのEPA交渉開始は2世代半先送りとなった。
6.GDP押上げ効果
昨年暮れ発表の内閣府経済社会総合研究所の試算では、FTA締結による日本のGDP押し上げ効果は、対ブラジルでは0.03%で第12位と必ずしも高くはない。
7.第三世界のリーダー、ブラジル
ブ ラジルのGDPは約6000億ドルとASEAN 10ヶ国合計に等しく、アジアよりも所得水準が高く、殆ど全ての天然資源を産出する資源大国であり、エ マージング諸国の中では高い工業水準を有している。最近はラ米のリーダーとして、更には第三世界の代弁者として、WTO(世界貿易機構)農業交渉や国連改 革の場においても急速に存在感を増しつつあるブラジルとのEPA交渉は、目先の数字だけで判断されるべきではないと考える。
8. 数字だけではない日伯関係
日 伯間には歴史的にも極めて友好的な関係が継続している。2008年に日本移民百年を迎えるが、この間に日本から25万人の移民が渡伯し、その子孫達を含め 150万人という海外最大の日系人社会となっている。日本移民は真面目だという信頼と農業における貢献を評価された。更に最近は30万人の日系人がブラジ ルから日本に出稼ぎに行っている。
9.戦略的パートナー、中国とブラジル
注目すべきはブラジルと中国との関係である。
中 国は短期間で日本などを追い抜き第3位の対伯貿易相手国になった。両国はお互いに戦略的パートナーと認識しているが、ブラジルは中国の膨大な資源、食料な どの需要増加に応えられる世界の数少ない国の一つである。既に両国は人工衛星2基共同打ち上げ済みで、更に2基の新規打ち上げも決定している。
江 沢民前首席は就任第一の公式訪問先としてブラジルを選んだが、退任直前にも訪問している。昨年11月には就任早々の胡錦涛首席もブラジルを訪問し「中国は 今後2年間でブラジルに100億ドルを投資、両国間の貿易額は3年以内に200億ドルに達する」と宣言。資源、エネルギー、航空、インフラなど広範囲にわ たる経済協力の覚書に調印。農業分野でもブラジルの牛肉、鶏肉に対し市場開放を進める方針も表明した。
メルコスルのブラジルと並ぶもう一つの柱で あるアルゼンチンも訪問した胡首席は、総額200億ドルにのぼる投資を決定した。将来メルコスル乃至ラテンアメリカと東アジアの経済連携が進展する場合、 ラ米のリーダーであるブラジルに対し、東アジアのリーダーとしての中国という構図で日本としてよいのかどうか。巨人中国の存在感は如何ともし難い面がある が、日本としては及ばずながら何らかの楔を早急に打ち込んで置く必要があるのではないかということを痛感する次第である。
10. 韓国の素早い対応
昨年11月にはノ・ムヒョン韓国大統領もブラジル、アルゼンチンを訪問し、夫々の首脳会談において韓国―メルコスル間のFTA締結の検討開始に合意した。
11. EUと米国
以 上に加え、メルコスルとEU(ヨーロッパ連合)間のFTA交渉及びFTAA(米州自由貿易地域)交渉は目下難航しているが、ブラジルが経済的に大きく依存 するこれら両ブロックとの連携にもいずれ何らかの決着が見られるものと思われる。その時、米国、EU、ブラジル-メルコスル乃至南米、中国-東アジアとい う4大経済圏の狭間の中に日本だけ孤立していることの無い様早目に手を打っておく必要性を痛感するのである。
12. 日本の選択
中 国はASEAN諸国との経済連携を急いでいる。然しASEAN諸国には中国に対する警戒心が強い。一方、ブラジル国内にも中国商法に対する警戒感と、先般 胡首席訪伯時、中国は市場経済であると承認させられたブラジル外交に対する国内の批判もある。その意味でASEAN諸国とメルコスルやラ米との経済連携が 進展する場合、日本の戦略に選択の余地も生じて来るのではないかと思われる。