スエリー・カルダス
ジウマ・ロウセフ大統領は5月第5週、ウルグアイのタバレ・バスケス大統領、さらに、メキシコのエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領と会談した際、加盟国が単独でその他の地域と二国間貿易協定の交渉をする自由を奪い足かせになっているメルコスルの規定に関連し、ブラジルがこれを排除するためにアルゼンチンとベネズエラから距離を置く一方でウルグアイとパラグアイとは関係を親密化することを示唆した。ジウマ大統領は一連の発言について、「バスケス大統領が言うように、メルコスルは常に新しい状況に順応すべきだ」と、メルコスルの「足かせ」に国として堂々と不満を表明したウルグアイに同意する形をとった格好だ。
ルーラ大統領の就任した2003年以来、ブラジルの外交政策は、世界の国々、とりわけ先進国 ― つまり二国間貿易協定を通じて(と言ってもそれが存在すればだが)我が国から財を購入して我が国に投資して技術の発展を促すことができる国々 ― との貿易関係を棄損するイデオロギーに基づいて展開されてきた。そしてこの二国間貿易協定が存在しない理由は、メルコスル共同市場理事会(CMC)の決議第32/200号(CMC32/2000)が、域外との単独交渉を禁止していることによる。これこそ、バスケスが足かせと呼んだものの正体だ。彼の前任、有名なホセ・ペペ・ムヒカ前大統領は、一層直接的に表現している。曰く、「このオバハンは斜視のオッサンよりひどい。オッサンは政治的に過ぎたが、オバハンは頑迷に過ぎる」。アルゼンチンのクリスチーナ・キルチネル大統領とネストル・キルチネル前大統領を名指しで批判したのだ。
メルコスルは、1991年に域内の経済と政治、文化の統合を掲げて誕生したのであるが、その後の24年を通じて、域外、つまり世界に対して共通関税を適用するという単なる関税同盟の状態にとどまっている。そこで歩みを止め、政治と文化、金融、投資に関する計画は前進しなかった。2012年にはベネズエラが正式に加盟し、ルーラ前大統領が持ち込んだイデオロギーへの傾倒の度合いを強めた上に、ウルグアイとパラグアイが構想したような、他の加盟国の参加を必要とせずに加盟国ごとに貿易協定に向けた交渉が可能なように規定を変更しようとする動きと対立した。2008年の国際金融危機以で経済に打撃を受けたにアメリカと欧州、日本がその後に互恵的な関係にある国々から輸入を優先していたこととも相まって、このような制限は、とりわけブラジルに有害なものだった。ブラジルこそメルコスルに制限事項を持ち込んだ立役者だと浮かれている場合ではないのだ。
ジウマ・ロウセフ大統領は5月29日、メキシコシティで、長らく続いてきた貿易協定を拡大する文書に署名したのに合わせ、コモディティー相場の下落を受けてブラジルが、二国間貿易協定を通じて国際市場を開拓するとの考えを示した。大統領は、どのようにメルコスルの規定をかわすのか、詳細に触れるどころか説明すらしなかったが、通商関係の拡大に向けて域外と協定を結ぶ道を初めて指示したのである。その数日前には、マンガベイーラ・ウンジェル戦略担当大臣が、より踏み込んだ発言をしている。「アルゼンチン経済が抱える問題のために、我が国にとって重要性を次第に増している協定締結の道が閉ざされている。共通の計画あるいは戦略、枠組みがなければ、メルコスルは、精神の宿らない躯(むくろ)だ。強力な共同体はどのようなものだろうと、単なる通商上の利益だけで組織できるものではない」。ジウマ大統領はこの発言に、賛成とも不賛成とも、態度を示さなかった。
ブラジルは現在、深刻な経済危機に見舞われている。国内的には、混乱する財政に対する信頼と再編が必要だ。とりわけ輸出の落ち込みと国際市場におけるシェアの低下という危険な状況によって過去4年で巨大に膨れ上がった、経常収支赤字を縮小する必要がある。
ジョアキン・レヴィー財務大臣と彼の店頭的自由主義が、大統領自身の生み出した病害退治のために大統領の政策に取り入れられた(もし彼女が何かを学んだとするならそれは、経済の不思議さというものだろう!)。メルコスルは彼女が構築したものではないが、それでも大統領は、軌道を修正し、必要があれば、自国の悲惨な状態にある経済を通じて駄目出しされることになったアルゼンチンとベネズエラのイデオロギーと距離を置くこともできるはずだ。しかし一方で、仮に加盟国すべてが愚かさに気づきイデオロギー的な偏見から自由になれるなら、偏狭な地域貿易の枠から自由になり、5か国はメルコスルという「仏に魂を入れる」ことで得られる成果を心行くまで享受できるだろう。(2015年5月31日付けエスタード紙)
ジャーナリストでリオデジャネイロ・カトリック大学(PUC-RIO)教授








