スエリー・カルダス
水曜日には下半期がスタートするが、景気には好転の兆しが全く見えない。ジウマ・ロウセフ大統領は、労働者党(PT)の溜まり場の面々が掲げるケインズ主義の破綻を修繕する目的で方針を180度転換してシカゴ学派から1人の自由主義者を呼び込んだが、その際に約束したような回復からは余りにも遠く、闇の先に光が見えない状況だ。かの財政調整は、公会計に対する信頼回復を勢いづけるはずだったが、満身創痍の体で国会を通過した。不況の波は大きい上に税収の落ち込みもとどまるところを知らず、歳出は引き下げられるどころかむしろ増大しており、財政目標は日ごとに達成が不可能な状態に追いやられている。失業率もインフレ同様に急上昇しているが、一方で公共投資と社会福祉プログラムは縮小した。唯一、貿易だけが幾分かは堅調だが、こちらは世界的な景気の悪化に直面している。こうして上半期が終了したために、何とかひと息つきたいというブラジル国民の希望は、下半期に託された。
現在の苦境と未来に控える逆境を見据え、GDPに対して1.1%のプライマリー収支黒字という財政目標の達成には、疑問符が投げかけられている。これまでの5か月で計上できた黒字はわずか66億レアルであり、残りの7か月で486億レアル以上の黒字を確保できるなら、それはどういう奇術によるものだろうか? 国民の信頼を回復し、公会計への信用を取り戻すために、ジョアキン・レヴィー財務大臣が戦略の根幹に据えるべきは、欺くことでも嘘をつくことでもなく、政府の取り組みに対して透明性を確保することのはずだ。ギド・マンテガ前財務大臣とアルノ・アウグスチン前国庫管理局長がコンビを組んだ時代、つまり泥船が避難港で座礁していたような偽りの過去は昔のことになったのであって、この違いこそ、彼らとレヴィー財務大臣とを根本的に異ならしめている部分だ。だが、財政目標の削減を決定するのは容易ではない。この状況をうまく説明する比喩がある。それは、「逃げ出せば容易に見つかり獣に捕らえられ、身をひそめればいずれ獣に食われる」という言葉だ。判断を下す局面で常に頭をかすめるのは、ブラジルが、投資適格の崖っぷちから転落して経済状況を一気に悪化させかねないというリスクだ。
グスタボ・ロヨラ元中銀総裁のように、GDP比1.1%のプライマリー収支黒字という財政目標の達成にレヴィー財務大臣がこだわり続けるべきだという人がいる。彼らにとっては、目標を引き下げることはリングにタオルを投げ入れるのと同じで、敗北だ。目標を達成できなかったとしても、そこに固執し、最後まで戦ったということが重要だというわけだ。だが一方には、年末に向かって経済の危機的状況がさらに悪化するだけでなく、歳入も引き続き縮小し、歳出が厳格化する一方で、司法府はさらなる給与の引き上げを求め、立法府は支出を拡大する法律を歓迎するため、現時点で財政目標が達成できないと表明してもおかしくないと主張する人もいる(残されたわずかな時間で極大の黒字を計上できようか?)。それだけでなく、レヴィー財務大臣はマンテガ前財務大臣とは違い、出来もしない空約束を続けるべきではないという意見だ。
それでは、目標を引き下げるとすると、新たな目標はどこに定めるべきだろうか? 仮に、アナリストが想定するようなGDP比0.5%という水準を認めれば、それは降伏であり、努力を放棄したイメージを与えるだろう。では仮に、レヴィー財務大臣とこの問題を協議した上院議員らが言及したように、0.8%から0.9%ならどうだろう。だが、引き下げたこの目標が達成できなかったら? ブラジルの信用を格付けする会社が抱く不信感と政治的な消耗戦は、さらに悪化しないだろうか? 判断は、極めて困難なのだ。この問題を質問されたレヴィー財務大臣と国庫管理局のマルセーロ・サインチヴェ局長は、まだ判断を下す段階ではないが将来的に舵を切る可能性はありうると応じた。ブラジルが投資適格を失わないために、彼らが信用格付け会社と妥当な水準について交渉していることは想像に難くない。
ジョアキン・レヴィー財務大臣は、政府の財政収支改善に粘り強く取り組んでいる。だが、2017年以降のインフレ目標の上限を引き下げた以外、同大臣が照準を合わせているのは短期的な問題であり、問題に抜本的な対策を施すようなものではなく、飛んできた火の粉を消火するという作業以上の効果を発揮する構造的解決には手を出していない。ある国が国債を償還するかどうかの能力について、信用格付け会社は長期的な観点から評価するのであって、彼らは国の財政均衡を方向づける構造強化に向けた取り組みに注目する。
それが改革だ。そしてこの改革には、政治体制も含まれる。つまり、インフラと社会福祉プログラムに投入できたはずの何十億レアルいう資金を国庫管理局から奪い取るだけでなく、世界的にも類を見ないほど肥大した39もの省局を半減させるということだ。(2015年6月28日付けエスタード紙)
スエリー・カルダス:ジャーナリストでリオデジャネイロ・カトリック大学(PUC-RIO)教授








