アンガス・ディートン*
2017年を迎えるに当たって、「グローバリゼーション」という単語は、禁句とすべきだろう。多くの人が、あらゆる人を犠牲にして豊かになるエリートの陰謀だと受け止めている。彼らの批判に基づけば、グローバリゼーションは、所得と富に際限のない格差の拡大を引き起こす。金持ちの人は更に金持ちになり、そうでない人たちは何も得られない。悪霊。こうした見方の中に真実も存在はするが、それでも、誤りの方が正しい認識よりも多いのだ。しかも間違った方法で解釈するためその帰結は、恐らく、我々の問題を一層悪化させ、最悪のものになる。
グローバリゼーションに関して我々が最初に理解する必要があるのは、これが、国際的エリートではない無数の人たちに恩恵を与えたことだ。人口が絶え間がなく増加しているにもかかわらず、全世界の貧困層は過去30年で10億人以上も減少した。先進諸国ではあらゆる所得分位の人たちが同様に、単純な理由から、グローバリゼーションの恩恵を受けた。すなわち、スマートフォンから衣類、そして玩具まで、物品がこれまで以上に安くなった。グローバリゼーションに逆行しようとする政策は、物品の価格を上昇させるため、実質所得の減少を引き起こす。
グローバリゼーションにブレーキをかけるべきだという主張は、これが先進国における雇用を奪ってアジアとメキシコにこれを移すという盲信を反映している。だが、雇用に対する最大の脅威は中国人でも、もちろんメキシコ人でもない。それは、オートメーションだ。それ故にアメリカの工業生産は、工業部門で雇用が縮小しているにもかかわらず、増加し続けているのだ。このため私たちは、急速な技術の変化をあらゆる人が恩恵を受けられるように仕向けるべきなのだ。それは容易な作業ではないだろうが、到底不可能だとは言えない。輸入税率の引き上げや貿易紛争のように解決につながると現在主張されているものは、正しくは、問題の解決に何の役にも立たない。
グローバリゼーションによって所得格差の拡大につながったことは事実だ。しかし、その所得増加の大部分は歓迎されるべきもので、非難されるべきものではない。不平等そのものは本質的に不都合ではない。インドでも中国でも、グローバリゼーションによって所得格差が拡大したが、それは工業、オフィス、そしてソフトウエアの開発で新たな機会を創出したからであって、これにより何百万という人々に恩恵をもたらした。すべてではないが、正しいことなのだ。むしろ進歩には付きものだ。誰もが同時に栄えることが望ましかったが、多くの場合、そのようなことは起きない。この種の格差を批判することは、自らの進歩を非難することなのだ。
先進国においても、国内市場から国際市場へと向かうような、新たなチャンスが生まれることで格差拡大の一翼を担う。だが豊かになるために、たぐいまれな才能とイノベーションを世界で発揮している。豊かになること、才能をより多くの人と分かち合うこと、あるいは誰もが恩恵を受ける新しいことへの挑戦は犯罪ではない。
確かに不平等には、負の側面がある。金持ちは並外れた政治的影響力を持つことが多く、しばしば、自身あるいは自身の企業、友人にとって有利なように規定を書き換える。アメリカ国内でこの問題は、大統領選、すなわちより開かれた選挙戦では問題になっていないが、国会では問題化している。
下院議員及び上院議員に立候補した人たちは、資金集めに対する強い必要性にさらされており、富裕層からの支援なくして当選あるいは再選されるのは難しい。
私は、これをもって議員が汚染されていると言いたいのではない。だが私は、ハーバード大学の法学部教授、ローレンス・レッシグ教授と同じ意見だ。同教授によると、立法府は汚染されており、相応の資金によって影響力を持たない人を代弁する能力を持っていない。政治資金の調達方法を変える必要がある。富裕層は、ヨットを購入し、財団を設立したり慈善家になったりしてもよい。だが、政府を金で買うべきではない。政府は、市場から撤退すべきなのだ。
一般に、好ましくない不平等は、エコノミストがレントシーキングと呼ぶ、特定のグループが他の犠牲のもとに、経済成長に全く貢献しない形で特権あるいは恩典を得るプロセスにより生じる。それは本当の意味で悪霊だ。典型例は銀行が政府に強く圧力をかけている金融システムの規制緩和で、銀行が破綻した場合に納税者が公的資金として巨額の救済を負担する。銀行の救済によって、巨額の公的資金が富裕層に振り向けられることになる。
アメリカ政府の支援を受けた住宅金融大手、ファニーメイとフレディーマックを思い出そう。2つの金融機関は、政治的影響力を行使し、規制に反した営業を展開し、アメリカのサブプライム住宅ローン危機の一端を担った。同じように、農業の圧力団体は毎年、数十億ドル規模の女性を受け取っている。製薬会社は新薬を開発する代わりに、政府に対して価格の引き上げと既存の製品に対する特許期間を長期化するよう強く求めている。
これらすべての対応が、経済成長を先延ばしさせる。金持ちになるより簡単な方法は、合法的に盗みを働くことであり、それはイノベーションと創造性が出来レースであることだ。社会学者でカリフォルニア大学名誉教授のアーリー・ラッセル・ホックシールド氏は、他人が「抜け駆け」しているのを眺める時に頭に血がのぼる人たちについて書いている。人種的な特権扱いに慣れ親しんできたアメリカの白人が、多様化した世界に直面した場合に抜け駆けする場合にはこの怒りは正当だとは認められない。ところが、ある政府が特定の利害関係者を優遇する場合、この怒りは正当化されるのだ。
低成長あるいはゼロ成長の経済において、自身の努力によってのみ得られるものがある場合、このような合法的な盗みは受け入れられ難い。経済成長は、グローバリゼーションと実際の社会的不平等に左右される。現在の苦しみを無視してはいけないが、状況を更に悪化するのを食い止めようと、間違った対処をすべきでもない。真の悪霊は、私たちの政府を利用している人たちだ。このように利用されることで引き起こされる不平等は、排除されるべき不平等なのだ。(2016年12月21日付けエザメ誌)
*アンガス・ディートン 2015年ノーベル経済学賞受賞、プリンストン大学経済及び国際問題教授。








