来年の鉄鋼生産は20%増加にとどまる

金融危機前のブラジルの2012年の鉄鋼生産は6,200万トンと見込まれて大型投資が目白押しであったが、金融危機後は国内外の需要が大幅に減少、6,200万トンの鉄鋼生産達成は2016年まで延びると予想されている。

今年の社会経済開発銀行(BNDES)の鉄鋼生産向け融資は20%減少の35億レアルにとどまり、同銀行の新しい鉄鋼生産プロジェクト承認は2011年に先送りされると見込まれている。

来年のBNDES銀行の鉄鋼業界向けクレジットは40億レアル、来年の鉄鋼生産は今年の予想である2,730万トンを20%増加にとどまると見込まれている。

今年の上半期の鉄鋼生産は14高炉のうち6高炉が操業中止となった影響を受けて前年同期比37%と大幅に減少、また設備稼働率も47%まで低下していた。

鉄鉱石や石炭のコモディティ価格が10%から20%の値上げが予想されているために、鉄鋼メーカーでは原材料価格の上昇に伴って最終製品への価格転嫁を余儀なくされる。(2009年12月14日付けエスタード紙)

 

投資額199億レアルのマラニャン製油所建設開始

ペトロブラス石油公社は総投資額が199億レアルのマラニャン製油所の建設を来年1月から着手、日産60万バレルの軽油や重油の生産を予定している。

今回の製油所の投資は2013年まで岩塩層下原油開発向けの投資総額190億レアルを上回り、またセアラー州、北大河州、ペルナンブーコやリオ州で建設予定の製油所の生産能力を上回るラテンアメリカ最大の製油所となる。

北大河州に2億ドルを投資して建設が予定されているクラーラ・カマラン製油所はジーゼル燃料、ジェット機用ケロシンやLPガスを日産3万バレルの生産が予定されている。

現在、サンパウロ州のパウリニア市のReplan製油所が日産36万バレルでラテンアメリカでは最大となっているが、マラニャン製油所の処理能力は2倍近くに達する。(2009年12月14日付けヴァロール紙)


 

2015年のインフラ部門への投資は1,600億レアル

インフラ基幹産業協会(Adbib)では過去4年間のインフラ部門への投資総額は全体の60%に達し、2015年のインフラ部門への投資は1,600億レアルが必要と見込まれている。

過去5年間のインフラ部門の投資は毎年増加、2003年のインフラ部門の投資は558億レアル、昨年は1,068億レアルと大幅に増加している。

昨年のインフラ部門への投資は2007年に開始された経済成長加速プログラム(PAC)ではペトロブラスの石油・天然ガス開発の大型投資が特筆される。

ブラジルのインフラ部門の弱点はロジスティック部門と輸送部門であるが、輸送の70%はトラック輸送に頼っているために、大量輸送が可能な鉄道輸送や水上輸送の整備が不可欠となっている。(2009年12月14日付けヴァロール紙)


 

第3四半期のGDP伸び率は予想以下の1.3%に留まる

第3四半期の国内総生産(GDP)は前四半期比ではギド・マンテガ財務相や金融市場の予想2.0%を大幅に下回る1.3%に留まって経済回復が予想よりも遅れているために、GDP発表前は来年上半期の政策誘導金利(Selic)の引上げが予想されていたが、下半期のずれ込みが濃厚になってきた。

今年1年間のGDPの伸び率がマイナスを記録しないためには第4四半期の伸び率が前年同期比5.0%以上の伸び率を記録しなければならない。

第2四半期のGDPの伸び率は前四半期比1.9%から1.1%に下方修正、また第3四半期のGDPは前年同期比マイナス1.2%を記録して、予想されていたGDP比マイナス0.3%を大幅に下回った。

9月の過去12ヶ月間のGDPはマイナス1.0%、今年9ヶ月間ではマイナス1.7%、また第1四半期の前年同期比のGDP伸び率はマイナス1.8%から2.1%、第2四半期もマイナス1.2%からマイナス1.6%とそれぞれ下方修正された。

第3四半期の鉱工業部門は前四半期比2.9%並びに投資は6.5%とそれぞれ増加、しかし農畜産部門のGDPは前四半期比マイナス2.5%、前年同期比マイナス9.0%と大幅に落込んだ。

しかし第3四半期の小麦、コーヒー、マンジョッカ(キャサバ)、オレンジ並びにサトウキビの生産は増加、またサービス部門は一般家庭の消費が2.0%増加して牽引したために前四半期比1.6%増加している。

また第3四半期の消費財・サービス関連輸入は前年同期比マイナス15.8%、同関連輸出はマイナス10.1%、鉱工業部門はマイナス6.9%、投資はマイナス12.5%と大幅に落込んでいる。(2009年12月11日付けエスタード紙)

                       

 

 

ルーラ政権のレアル通貨は100.64%上昇

ルーラ政権誕生前日の2002年12月31日のドルに対するレアルの為替はR$3.533であったが、今年12月10日の為替はR$1.761と100.64%上昇して、ラテンアメリカ並びにヨーロッパ連合国との比較では最も上昇している。

同期間のアルゼンチンの為替はマイナス11.25%、メキシコはマイナス20.59%、ヴェネズエラはマイナス34.74%で最も落込み幅が大きい。

また今年のレアル通貨はすでに32.70%、チリ27.62%、コロンビア11.66%、ヨーロッパ連合国5.94%、ペルー11.07%、メキシコ6.52%とそれぞれ上昇、しかしアルゼンチンはマイナス9.17%、2005年に為替固定相場制を導入したヴェネズエラは0%となっている。

米国はゼロ金利政策の継続で大量のドル増発を余儀なくされて世界的なドル安に繋がる要因となっており、世界の投資家は米国からの投資を引き揚げてコモディティ商品、発展途上国の国債や株式に投資していることもドル安に拍車をかけている。

しかし連邦政府は海外からのブラジル国内の金融投資に対して金融取引税(IOF)2.0%課税を開始した影響も受けて12月の外貨流入は大幅に減少、更にブラジルの第3四半期のGDPの伸び率が予想を大幅に下回ったことで外貨流入が減少すると予想されている。

米国は現在の世界的なドル安を放置できないために、海外投資家は予想よりも早い米国の金利上昇政策への転換でドル通貨の上昇を見込んでいる。

ギド・マンテガ財務相はドルに対するレアル通貨は天井を打ったと予想、投資促進政策に続いてレアル通貨の上昇で価格競争力を失ってきている輸出業者に対して救済策を表明、しかし具体的には何も発表されていない。(2009年12月11日付けエスタード紙)

                   

 

 

化学肥料工場建設でミナス州と南マット・グロッソ州が誘致合戦

ペトロブラス石油公社は化学肥料の原料となる天然ガスから製造される尿素やアンモニアの製造工場建設を予定しているために、ミナス州と南マット・グロッソ州の政治家は誘致合戦を展開している。

ミナス州選出のエドアルド・アゼレード上院議員(PSDB)はアエシオ・ネーヴェス州知事が13億レアルをかけてブラジルとボリビア間の天然ガスパイプラインを三角ミナス地域まで引き込プロジェクトを準備していると強調している。

しかし南マット・グロッソ州選出のデルシジオ・アマラウ上院議員はボリビアからの天然ガスパイプラインが通過している同州に工場を建設すれば、投資総額は僅かに20億ドルにおさまると同州の有利な点を強調して反論している。

11月にルーラ大統領、ペトロブラスのガブリエリ総裁並びにステファネス農相が化学肥料の原料工場建設で会合を持ち、ステファネス農相は南マット・グロッソ州のトレス・ラゴアス市、エスピリット・サント州のリニャーレス市並びにセルジッペ州での工場建設予定をコメントしたが、ガブリエリ総裁はコメントを控えていた。(2009年12月11日付けエスタード紙)


 

(2009年12月11日)米国の日本銀行南米担当の野口智弘チーフが表敬訪問

米国ニューヨークの日本銀行南米担当の野口智弘チーフが2009年12月11日に商工会議所を表敬訪問、平田藤義事務局長とブラジル三井銀行の窪田敏郎社長と多岐に亘り意見の交換を行った

      

左から平田藤義事務局長/米国ニューヨークの日本銀行南米担当の野口智弘チーフ/ブラジル三井銀行の窪田敏郎社長

ルノーもワーゲンやフォードに続いて10億レアルの投資を発表

ワーゲン社が2010年から2014年にかけて62億レアル、フォード社は2011年から2015年にかけて40億レアルの投資発表に続いて、ルノー社も今後3年間に10億レアルの投資を発表した。

金融危機の影響を受けて世界的に自動車の生産は減少している中で、ブラジル国内の自動車生産は中国並びにドイツと共に増加している。

ルノーは2011年初めにスポーツタイプのDuster車をブラジルで生産開始、ブラジル国内で開発中のLogan車タイプの小型ピックアップ車の生産も予定している。

Duster車はフォード社のEcoSport車に対抗してブラジル国内販売並びにアルゼンチン、チリ、メキシコ向けの輸出を予定している。

ルノー社は今年11ヶ月間のブラジル国内の販売台数は前年同期比1.1%減少の10万6,200台で昨年のマーケットシェア4.3%から3.9%に減少、しかし国内マーケットは9.7%拡大している。

全国自動車工業会(Anfavea)では来年の販売台数を9.3%増加の340万台を予想、同社は来年の販売台数を15万5,000台に増加してマーケットシェアを5.0%まで拡大する。(2009年12月11日付けエスタード紙)

 

 

田中会頭7年間の功績を労い大盛況の忘年会

恒例の商工会議所の忘年会が2009年12月10日午後7時からチボリ・ホテルに180人の会員や夫妻が参加して開催、司会は相互啓発委員会の前田一郎委員長が軽快なテンポで司会を務め、笑いのつぼを心得た言葉裁きで非常に和やかな雰囲気を醸しだした。

初めに会頭を7年間務めて勇退する田中信会頭は「年年歳歳花相似たり、年年歳歳人同じからず」と詠った中国の詩人がおります。花は毎年同じように咲くが、それを眺める人々は同じではない、という意味だと思いますが、我が会議所は本年も多くのメンバーをお送りし、多くの新メンバーをお迎えしてあっという間に一年が経過し、再び忘年会の季節を迎えることになりました、と述べ次のように続けた。

昨年の忘年会は西林総領事ご夫妻の送別会を兼ねさせていただきましたが、本年は来賓として、大部総領事ご夫妻をお迎えしております。更に今回は私自身が送られる側となり、後任の中山新会頭をお迎えしております。

私が始めてブラジルの土を踏んだのは1973年3月31日でしたので、通算在伯36年ということになります。当時ハーマン・カーンと言う未来学者だったと思いますが「20世紀は日本の世紀、21世紀はブラジルの世紀」と予言し、ブラジルは「ブラジル経済の奇跡」に沸返っていました。在伯年数は通算すると36年ということになりますが過ぎてしまえば一炊の夢の如しです。

他の国に行くと、36年という滞在期間ば可なり大きい顔が出来るのではないかと思いますが、この国では40年、50年選手がうようよしていますので、絶えず目くらが象を撫でるような不安を感じながらブラジルを見て来ました。

70年代をピークとして日伯経済関係は下降を続けてきました。従って元気のうちに再び活発な進展が見られるかと心配しておりました。今世紀入り前後から30数年ぶりに上昇傾向に転じたように思われます。西行法師が
「年たけて 又越ゆべしと思いきや 命なりけり 小夜の 中山」
(年を重ね、もう2度と越えることもあるまいと思っていた小夜の中山を越えることが出来た。命のおかげだ!という思いのたけが”命なりけり”という一言に凝縮されていることを感じます)と詠んだのと比較するのはおこがましい話ですが、それに近い心情だと言えるのではないかと思います。

7年間勤めさせてもらった会頭職を辞するにあたっての良い土産となりました。

私が今期限りで会頭職を退くことにした理由は、80歳を過ぎ肉体や知能の限界を感ずるようになったからです。特に後者即ち知能的限界に対する危機感を強く感じます。

来年は当会議所創設70周年にあたります。日伯経済交流が益々活発化しつつある今日、新しい酒には新しい皮袋が必要とされます。中山新会頭に対する会議所の期待が大きい所以です。

司馬遼太郎さんの「峠」という作品の中で、幕末の越後長岡藩家老、河合継之助は「進む時は人任せ、退く時は自ら決せよ」と述べています。退任を自分の取巻きに相談しても引きとめるに決まっている。「やめなさい」と言ってくれる人は居ない。かくして本人が意識しないうちに老醜、老害を社会に曝すことになるわけです。会議所の仕事を隠居仕事には出来ません。

私が自分の意思で退任を決意した理由は以上の通りです。

思い起こせばこの間、数え切れないほど多数の方々にお世話になったことが次々と浮かんでくる。この間絶えず前方を向いて走り続けてきたので、左右や後ろを顧みる余裕が無く、ご迷惑を掛けた点も多かったと思います。深い感謝と共に今後もサンパウロに居住し、会議所会員でもあるので、引き続き変わらぬご厚誼をお願いする次第です。

中国の詩人陶淵明のよく知られた詩に「帰りなんいざ、田園まさに荒れなんとす」というのがあります。私の田園は小さな書斎です。引退したらゆっくり読もうとして仕入れた積読(つん読)の書籍が荒れた田園のように散らばっている。先ず身辺の整理から取り掛かる必要がある状態です。

最後に会議所の益々の発展と皆さんの健勝を祈念してご挨拶としますと結んで会場から労いの篤い大きな拍手が送られた。

続いて新会頭に選任された中山立夫会頭は大会頭の田中信会頭の後任として重責に非常に緊張しているが、皆様のご協力とご指導を頂き、伝統ある商工会議所の発展に努めてまいりますので宜しくお願い申し上げますと、力強い就任挨拶を行って割れんばかりの拍手とエールが送られた。

最後に大部一秋総領事は今年1月に就任した時は日本移民100周年祭がすでに終了、リーマン・ブラザーズ破綻で始まった金融危機でブラジル経済も影響を受け、今回の田中会頭の勇退と厳しさと寂しさが重なったが、ブラジルの経済は今年5月で底を打ち、またワールドカップやオリンピック開催、中山新会頭の就任や来年のブラジル経済の成長率も5.0%を超えると予想されて、良いニュースが増加してきている。

また日本企業の会長や社長がブラジル投資関連で訪伯が増加してきており、過去4ヶ月間で24人と会い、2日に1回のペースでの会合があり、ブラジルはBRICsの仲でも特に注目されて今後の日伯関係が益々緊密することを肌に感じていると結んで、ジルベルト・カサビ市長との会合で中座しなければならないが、日本の紹介を確りしてきますと結んで総領事夫妻は大きな拍手に送られて退席した。

前田委員長はバックミュージック演奏の矢崎愛さんと草村良哉さんを紹介した後で矢崎さんが演奏しているピアノはヤマハ・ミュージックの松代社長の提供であることを説明して丁寧に感謝の気持ちを伝えた。

田中会頭の女房役を務めてきた平田事務局長は田中会頭の7年間の功績に対する謝辞として、2003年、就任された時に親しい間柄の方々から”あの方は難しい人ですから宜しく”と頼まれたが、「私は良い女房役を果たすからお任せ下さい」と誓った事を回想。この7年間の会議所変革について基本方針で定める「開かれた会議所」、「チャレンジする会議所」、「全員参加の会議所」に焦点をあてて主要な具体例を功績として賛辞を述べた。

「開かれた会議所」の点では先ず会議所サイトのビューヒット数累計の推移を挙げた。1998年サイト開設以降03年まで僅か2万5千、04年までの累計2万8千、05年3万3千、06年7万7千、07年から急増75万、08年2百25万、09年現在3百45万の累積ヒット数の記録的増加を「開かれた会議所」を端的に表す数字だと自信満々に説明。

業種別部会長シンポジウムを広く一般にも公開、開催数日前には総務/企画戦略委員長が中心になって邦字新聞社2紙を訪問、宣伝してコロニア諸団体にも広く開放した。会議所活動の情報を全て開示しながら公共の器としての会議所の役割をご立派に果たされたと称賛。
ヒット数はリーマンショックの前年から加速度的に増え続け、BRICsのBが世界的に注目される外的要因もあるが、ホーム頁の3回に及ぶ改善努力の効果も大きい。今ではGoogleに当所関連ニュースや人名を入れると直ぐ検索画面に出る位、ブラジル日本商工会議所の存在を内外にプレゼンスした効果は大きい。

会議所表敬訪問数を2007年3月からサイトに載せる様にして来たが、07年113 件、08年155件、世界同時危機の今年09年も昨年並みに推移。海外からの訪問客は基礎的な調査段階を理由にサイトには載せない件数もあるが半分位に達する。

今日の忘年会には訪伯を機会に日銀NYのお方も参加されているが、WEBサイトからのお申し込みである他に、同様なケースでご参加の方々がこの会場に数名おられ、会議所サイトのアクセス数は日本からが最も多く、表敬訪問者が著しく増えている。

WEBから直接、マーケットポテンシャルや競合、事務所開設、M&A、企業進出時の留意点、税制/制度など多岐に及ぶ調査依頼の件数も爆発的に増え、一部会員企業に調査分担の協力を依頼するほど対応に苦慮しているとしながら、時の執行部と共に大活躍された田中会頭の功績を称えた。

平田事務局長は謝辞の15分前から回想録として上映されているスライドが当所のサイトからピックアップ今朝即興的に作成された事にも触れ、以下の代表的具体例の一部を説明した。

① 業種別部会長懇談会の一般公開(新聞社を訪問、一般参加の呼びかけ)
② 昼食会にコロニア諸団体の参加を促進、その主催行事のPRを開放
③ 日本ブラジル交流年諸行事への積極的な参加
④ ブラジル日本研究者協会(SBPN)と合同講演会/アメリカ会議所とハピーアワーの共催
⑤ 会議所パンフレットを主要団体、官庁および全世界の日本会議所へ情報交換や交流促進を目的に送付
⑥ HPの参加型に改善(各部会/委員会の活動状況をメール後HPに掲載)
 日本や当地の一般雑誌や新聞またブラジル関係団体の機関紙に寄稿したブラジル情報を発行元の出典クレジットを条件に当所サイトに掲載するネットワークの構築(ブラジル特集に掲載中)
同様な方法で海外の日本会議所とのネットワークの構築(ワシントン商工会の例を明日掲載予定)

チャレンジする会議所では2003年の田中会頭就任の年、過去に例がなく03年の新しい試みとして10件、04年に14件、05年24件、06年45件、4年間の合計93件

 足元からの変革
① 事務局の合理化推進(PCのバージョンアップ、ネットワーク構築)
② 会員資格の歴史的な見直しで財政基盤の強化
③ 方針管理を導入(会議所の基本活動方針を定め、その大方針に準じ委員会毎に活動方針と施策の作成、年度実績報告を行う)
④ 移転価格税制検討委員会の設立
⑤ スポンサー制度の導入(例パンフレット作成)
⑥ 会議所事務局の全面大改装
⑦ 会議所70周年史編纂委

外に向かう変革
⑧ 日伯議員連盟主催の日伯経済シンポジュームに参加
⑨ 日伯経済合同会議に参加・発表、ルーラ大統領に現代ブラジル事典の謹呈
⑩ 大使館と伴に南部4州(CODESUL)共催の経済セミナーに参加
⑪ PIS/Cofins改善ロビー
⑫ JETRO主催の「日本・在米日本企業ブラジルミッション」と意見交換
⑬ 移転価格税制の改善要請書を外国投資家グループ(GIE)議長名で大蔵大臣と商工臣宛に提出。
⑭ FTAアンケート調査の実施、纏めを経団連に報告、日本政府への働きかけ
⑮ 大使館、会議所が連携、ブラジル下院の外交・防衛委員会による公開討論会
⑯ デジタルTV方式の導入、日伯両国政府と日本企業(本社/現地)が三位一体となり日本方式採用を決定(外交・経済史上の快挙)、南米普及デモ。
⑰ 日伯社会協定アンケートを実施、社会保険の実質二重払い額を調査、経団連/日本貿易会/海外企業協会を通じ両国政府に改善要請
⑱ サンパウロで開催された全国工業連盟(CNI)と経団連共催の日伯経済合同会議を支援:当所から投資環境整備、日本におけるエタノール燃料、インフラ整備などを発表。共同提案書には11業種部会の投資阻害要因アンケート結果を掲載、日伯EPA締結促進を提言
⑲ FIESP訪日ミッションに同行
⑳ 第1回ブラジリア/2回東京開催の貿易投資促進合同委員会に会議所挙げて参加
20 新幹線導入プロジェクトに参加
21 JETRO主催の経済産業省主催の第23回貿易会議に参加
22 ブラジル国家統合省主催のサンフランシスコ河流域開発プロジェクトセミナーに参加(大統領のサンパウロ事務所にて開催)など

全員参加では
① 開かれた会議所の範疇でもあるが、部会活動を会議所活動の原点と位置づけた会議所は大きく転換、常任理事会に部会長もオブザーバーとして参加、常任理事会決議事項は速やかに全会員に知らせる。
② 委員会だけでなく部会単位での親睦会
③ 視察旅行のときは家族同伴
④ 各種アンケート

最後に田中会頭の勇退挨拶の続きとして老子の名言「功成り名遂げて身退くは天の道なり」を引用、勇退の贈り言葉として田中会頭に丁寧にお礼の言葉を述べ、また田中会頭同様に中山新会頭に確りした女房役を果たすと固い約束をした。

その後で後藤隆顧問より田中会頭に記念プレート、奥様のニウセさんには花束が贈呈されて再度、大きな拍手が送られた。

また日伯友好促進協会の代表者委員長を務めた田中会頭から同協会に尽力した会議所のジョージ・サエキ顧問弁護士に記念プレートが贈られた。

マジシャンのセリオ・アミノ氏が代表を務めるマジコーポ社のマジックショーの前に前田委員長は略歴を紹介後、余興を見物している参加者をステージに上げ、ショーに参加させて大いに盛り上がり、両手を使って影絵ではいろいろな動物、鬼、天狗、インジオなど微細に表現して、拍手喝采の素晴らしいショーとなった。

最後に特別景品の抽選会に続いて参加者はくじ引きの番号の景品を受取って楽しい忘年会を更に盛り上げて終了した。

 

 

左から記念プレートを掲げる田中信会頭/贈呈された花束を手に奥様のニウセさん/記念プレートを贈呈した後藤隆顧問

ガッチリ握手する田中信会頭/後任の中山立夫新会頭

中山立夫新会頭ご夫妻

乾杯の音頭をとる貞方賢彦顧問

日伯友好促進協会の代表者委員長を務めた田中会頭(右)から同協会に尽力した会議所のジョージ・サエキ顧問弁護士(左)に記念プレートが贈られた

180人が参加した忘年会の様子