スエリー・カルダス
これは、今、ジウマ・ロウセフ大統領に始まったわけではない。共和国の歴史を通じて、歴代の政府(連邦及び州、市)がこれまで、非常ブレーキを作動させて緊急停止し、あちこちの支出を削減し、増税し、民衆に犠牲を強い、財政の不均衡を絶対に正して見せると公約してきた。だがこの窒息状況に改善の兆候が見られると、すぐに持ち合わせてもいない支出を拡大し、不均衡な財政状態で政権を終え、次の政権にパイナップル爆弾の置き土産をするのだ(今回の場合はジウマ大統領がジウマ大統領に置き土産をしたのだが)。
この歴史で、何が間違っているのだろうか? なぜブラジルにおいては、公的資金の運用において財政均衡を安定して達成するのが困難なのだろうか? 原因は余りにも多く、この紙幅で全てを洗い出すことは不可能だ。とは言え、基本的な部分に照準を合わせて見よう。
過去には、支出に対する罰則どころか歯止めとなる規制すらなく、状況は現在よりもひどいものだった。2000年に当時のフェルナンド・エンリッケ・カルドーゾ大統領が、行き過ぎた支出行為を犯罪と定義する財政責任法の導入に署名し、これが、政治家による無遠慮な会計行為に対する最終兵器と受け止められた。だがその後の状況を見る限り、政治家たちはこの法律の重大な不備を突いて、新たな悪巧みを作り出した。つまり保健と教育、公安に関する公的サービスの質を最悪の状態まで落とすことにつながるのみならず、汚職行為と贈収賄行為の余地をさらに拡大すべく、組織を肥大させる、つまり、国家を肥え太らせ資金を吸い上げることができるようにしたのだ。
ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ前大統領が政権の座に就いた2003年当時、省局の数は24だった。その後の、ルーラ政権とジウマ政権の12年を通じて、ようよう崩壊の危機にある連立与党の各党に権力と予算を分配するという唯一の目的のため、省局の数は39に肥大した。ミシェル・テーメル副大統領も、余りにも多くの省が存在するためにそれを統制するのは「極めて難しい」ことを認めるが、その彼自身が朋友とともに、ブラジル民主運動党(PMDB)に対してより多くの権力と予算を分配するよう圧力をかけている。港湾局に水産局、人種平等局、女性局(なぜ男性局も創設しないのだろうか?)などは、まさに、無用の省局であり、その予算は本来、社会分野でより効率的に活用されるべきものだ。従って、財政収支の均衡を保ち、納税者たる国民の福祉に寄与し、こうした資金が浪費と非効率、汚職、劣悪なガバナンスのために支出されているのを確認するためには、こうした組織を縮小して再編することが不可欠なのだ。
慢性的な財政不均衡のもう1つの原因として、国民生活を犠牲にしても財政的な特権を得ようとするロビー活動と圧力団体の活動がある。政権継続に向けたパートナーとして彼らは、多くの場合は汚職に堕落してしまう刺激的な政治的な支援とひきかえに活動する。これは、ペトロブラス自身とブラジル国民、そして株主に対して取り返しのつかない損失となった、同公社を舞台とする従業員とゼネコン、政党によるアドバンテージと横領を享受した汚職事件につながっている。
立法府には、公的な資金を奪い取る権力が、自身の存在そのものから特権として与えられている。下院議員と上院議員らは、3月第3週、政党交付金基金への分配予算を、従来の3倍に当たる8億6,750万レアルに増額した。濡れ手に粟で潤沢な資金が手に入るとあって、32政党は、ほとんど何ら、発言もせずに審理を終了した。同時に、政府の財政を圧迫し財政赤字を拡大させるような恩典の確保や減税、助成目的の融資などを求めて、ブラジリアには、財界関係者や労働者の団体が日参してロビー活動を展開している。自動車業界と電気電子業界は、過去4年間、工業部門の大部分が損失を計上するのを対岸の火のごとく眺めてきた。政府の支援が縮小したことで、これらの業界は生産を縮小して雇用を削減しており、ジウマ大統領とメルカダンテ大臣は、罪悪感に苛まれている。では、組合税と公社の雇用者税といった公的資金で生活している労組は、何と言っているだろうか。
このように、指摘すればきりがない。実際のところ、読者諸兄におかれては、より小さな国家に向けて政府の規模を縮小し、かつ政治の在り方を改革することに政界が抵抗している間は、民衆が引き続き財政調整に対して高額の負担を強いられ続けるという覚悟をしていただきたい。(2015年3月22日付けエスタード紙)
スエリー・カルダスジャーナリストでリオデジャネイロ・カトリック大学(PUC-RIO)教授

左から池田 智一戦略部長、松下敏明 社長、平田事務局長( Foto: Rubens Ito/CCIJB)









